10回目のキスの仕方
「いいよ、続けて。」
「はい。…えっと、10歳の時に…父が交通事故に遭いました。一時意識不明で、親戚の人が私を預かってくれて、色々説明もしてくれて。…でも、とにかく怖かったのは…独りになること、でした。」

 ぎゅっと力強く抱きしめられると、もう一度涙が零れた。

「父は…特に後遺症もなく元気になり…2年後、私が12歳のときに再婚、しました。その2年後には、弟ができました。…家族は増えたけれど、寂しかった。父は…弟を可愛がった。…当たり前ですね。私は母によく似ています。写真を見ていても…そう思います。大きくなればなるほど、似て…きました。父にとって母は裏切り者ですし、…私も心のどこかでそう思っています。…思ってないなんて、嘘、です。そんな裏切り者にそっくりな顔をした子を好きになれるはずがありません。」
「……。」

 圭介は何も言わずに強く抱きしめてくれている。それに勇気づけられて、美海は口を開く。

「ずっとどこかに寂しさを抱えたまま、中学2年生になりました。…初めて…好きな人が、できました。」
「え?」
「…ご、ごめんなさい。この話、しない方が良かった…ですか?」
「い、いや…いいけど、でもびっくりした、だけ。」
「…いい話ではないんです。これも。」
「どうして?」
「今思えば、好きだったわけでも…なかったのかもしれません。寂しかった。その寂しさを埋めてほしかった。誰でもいいから、…傍にいてほしかったのかも…しれません。それはきっと彼も同じで…。だから…怖くなった。」
「え?」

 この先を言ってしまえば、軽蔑されるかもしれない。そんな気持ちもなくはなかった。それでも、聞いてほしいと思った。

「…押し倒されそうになった時に初めて、怖いと思いました。そういう意味で、私の傍にいてほしかったのだと気付けました。…私は、押し倒してほしくて傍にいたわけではないけれど、…でも、近いところはあるのかなって。」
「…未遂、だよね。」
「も、もちろんです!」
「…安心。」

 また腕の力が強まった。ぎゅっと抱きしめられて少し息苦しいけど、この息苦しささえ嬉しくて幸せだと思える。

「…それからは、色々なものが怖くなりました。自分も、家族も、男の人も。友達はほとんどできませんでした。明季ちゃん…くらいです。顔を上げるのが怖くなって、苦しかった。男の人に好きって言われたことがその後もありましたが…怖かった。お母さんにも愛されていない、お父さんにも愛されていない私が…どうして他の誰かに愛されるのか…わからない。…圭介くんの気持ちを疑ってはいません。でも…私でいいのか…わからない。不安は消えて…くれない。」

 そっと腕の力が弱まった。ゆっくりと距離ができると、圭介の唇がそっと美海のものに重なった。

「美海がいいよ。俺は。」
「…どうして、ですか…。」
「一人じゃできないこともできるって言って、誰にも何も頼らずに生きようとして、それが苦しそうなのに苦しくないみたいな顔してる…のが、放っておけない。目が離せなくて、俺が不安になる。…笑ってほしいと、思うから。」
< 173 / 234 >

この作品をシェア

pagetop