10回目のキスの仕方
「…代わりました、浅井です。」

 圭介の声が流れていく。涙が溢れて止まらなくて、目元をこすると圭介の手によって止められた。

「はい。じゃあ明後日、伺います。はい。…はい。それでは失礼致します。」

 電話が終わってもなお、涙は止まってくれなかった。

「泣きすぎ。…明後日、美海の実家行くよ。」
「へ…?」
「はいはい。泣き止む泣き止む。」
「わぁっ…!」

 タオルでポンポンと涙を吸い取られる。驚きと安堵と、色んな気持ちが一気に押し寄せてごちゃ混ぜになって落ち着かない。

「…圭介くん。」
「ん?」
「どうしてお父さんと…。」
「美海が全部話してくれた日に、俺も一つ決めたことがあって。」
「決めたこと…ですか?」
「うん。…美海のお父さんに連絡を取ろうって思って。」
「どうやって…。」
「神崎さんに協力を頼んで。卒業アルバムやら連絡網やらを色々借りたよ。」
「どうして…そこまで…。」
 
 頭の上に乗った手。くしゃっと髪を乱されて、小さく微笑まれる。

「…美海が踏み出したくなったときに、背中を押せるようにと思って。」
「…そんなこと…まで…。」
「美海のためじゃなくて、自分のためだよ。背中を押したくなったときに手持ち無沙汰だと困るのは自分だから。」
「…ありがとう、ございます。」

 きっと、何度ありがとうを重ねても足りない。それでも、その言葉しか出てこない。

「うん。でも、まだ始まったばっかりだよ。美海が伝えたいことをきちんと伝えるために、会いに行くんだから。」
「あの…圭介くん。」
「ん?」
「…圭介くんも、来て、くれますか?」

 美海は圭介の服の裾を掴んで、そう言った。

「…そのつもりだよ。美海一人じゃ心配だし。」
「…ありがとう、ございます。」

 そっと、その優しくて大きな胸に頭を預ける。一人じゃ躊躇うことも、圭介が背中を押してくれれば真っ直ぐに歩ける。

「…初めての帰省、です。」
「お父さんもお母さんも、楽しみにしてるよ。」
< 205 / 234 >

この作品をシェア

pagetop