10回目のキスの仕方

傷つけたいわけじゃなかった

* * *

 胃の縮む思いだ。緊張して、いつもに増して口数が少なくなった美海の手を、圭介がそっと握った。新幹線に乗り、美海の実家に向かっている。

「…圭介くん。」
「…緊張、してる?」

 美海は静かに頷いた。『帰っておいで』と言われたことは、とても素直に嬉しかった。それでも、全ての不安が消えたわけではない。嫌われていなかったということがわかっただけで、あわせる顔を準備できたわけでもない。

「緊張するなって言う方が無理な話だから、いいんだよ、緊張したままで。」
「…どんな顔、すればいいのかなって。やっぱり笑った方がいいのかなとか…色々なことを考えてしまって…。」
「笑った顔じゃなくてもいいんじゃないの?2年近くぶりに会えた娘がどんな顔だって、親は嬉しいよ。」
「そう…だと、いいんですけど。」

 それでもやっぱり不安だった。会えても何を話したら良いのか、そんなことまで考え始めてしまえば不安は黒い雲のように広がっていった。そんな美海の不安を見透かすように、圭介は美海に優しい眼差しを向けたまま頭を撫でた。

「え…?」
「大丈夫だよ。」
「ど…どうしてそんなことが言えるんですか…?」
「世の中の親の中には自分の子供に全く興味のないやつもいるのは事実で、それはとても悲しいことだと思うけど、でも美海のお父さんは違うよ。」
「…何を話したんですか、父と。」
「会って話したわけじゃないから、そんなに長くは話したことがないよ。回数は多いけど。」
「お、多いんですか?」
「最初はちょっと不審がられたから。主に美海のお母さんにだけど。」
「お母…さん…。」

 本当の母親じゃない、『お母さん』。物語に出てくるような継母とは全く違ってよい人だったのはちゃんと覚えている。よく笑って、本当の息子である弟と、本当の娘ではない自分を分け隔てなく育ててくれた人だった。ただ、自分が勝手に息苦しくなって言葉を発さなくなっただけで。

「『今流行りの詐欺ですか?』って最初に言われた時はさすがに驚いたな。」
「っ…そ、そんなことを!」
「まぁ、驚いたけど…でも、美海は大事に想われてるなとは思ったよ。続いた言葉が『美海ちゃんが大金を使ってしまうこともないし、あなたみたいな詐欺男に引っかかることもありません!』だったから。」
「…す、すみません!圭介くんにそんな…。」
「あぁ、大丈夫。その後色々説明したら平謝りされたから。」
「…ますます…すみません…。」

 そんなやり取りがあったなんて、美海は知らない。それにもっと言えば、圭介が自分の実家に連絡を取っていたことだって全く知らなかったのだ。
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