10回目のキスの仕方
「帰省、しようか…考えていて。」
「うん。」

 上からそっと握られた手。それに勇気づけられて口を開いた。

「…でも、電話、できなくて。指が震えて、押せなくて。」
「そっか。」
「もし、…もしも、帰ってこないでほしいって言われたら…と思うと、知らない方が良いこともあるんじゃないかって…思えてきて。」
「…じゃ、背中を押そうか?」
「え?」
「美海がその話をしてくれるのを待ってた部分、あったんだけど。」
「ま…ますます意味が…。」
「ちょっと待って。」

 圭介がスマートフォンを取り出して、どこかにかけた。

「もしもし。…浅井圭介です。今お時間、よろしいでしょうか?」

 電話の相手はわからない。ただ、時折優しい目で見つめられて、それに不安な視線しか返せない。

「代わります。美海?」
「ど…どなたですか?」
「話せばわかる。」

 不安な気持ちを押さえて、スマートフォンを受け取った。

「も…もしもし。」
『…もしもし。…美海か?』

 知っている声。いつぶりに聞いたのかもわからないくらいに聞いていない声なのに、きちんと覚えている。知っている。聞きたくて、聞けなかった声だ。

「おとう…さん…?」
『久しぶりだな。』

 小さな頃から聞いていた、懐かしい声。いつから聞けなくなっていたのだろう。

「どうして…。」
『圭介くんから連絡をもらっていたんだよ。もう結構前になるかな。』
「圭介くんが?」

 ちらりと圭介を見つめると、少し照れくさそうに鼻を掻いた。

『…帰っておいで。それで、きちんと話そう。』
「…帰って、いいの?」
『当たり前だよ。帰っておいで。』

 涙が零れた。それ以上言葉にならなくて、圭介の胸にスマートフォンを返した。
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