10回目のキスの仕方
【男湯】

「空人くん、髪洗うよ。」
「はーい!」
「悪いね、任せっきりで。」
「いえいえ。ゆっくりしてください。」

 空人の手を引きながら、圭介は少しだけ微笑んだ。
 空人の髪を洗い、身体も洗い、また手を引く。広い湯船に浸かると、ふぅと深いため息が落ちた。

「ねーけいすけくん!すこしとおくまでいってもいい?」
「いいけど、ちゃんと戻ってこれる?」
「だいじょうぶ!」

 少し心配ではあるが、ゆっくりするというのは子供には無理だとわかっている。空人の背中を見送り、ゆっくりと腰掛けた。

「…疲れたかい?」
「いえ。空人くんは素直だし、可愛いなと思いますよ。」
「そうか、それならよかった。」

 彼女の父と裸の付き合い、というのはこんなに早い段階でなのだろうかと疑問に思わないでもなかったが、美海がどうしても一緒にと言うから来た。そして思いのほか楽しんでいる自分がいた。

「…圭介くんには、感謝してもし尽くせないと思っているんだよ。」
「え?」

 唐突に切り出された話の意味がわからないほど鈍くはない。

「美海とこうして何事もなかったかのように楽しい時間を共有できること、美海がたくさん笑ってくれることは…少し前の自分では想像できなかったことだからね。」
「美海さんが変わったんですよ。」
「全て君の力だ。」
「それは違います。美海さんが持っていた力です。」
「でも、それを引き出したのは君だよ。だから感謝している。」
「…ありがとう、ございます。」

 にっこりと笑うと目が美海にそっくりだと、圭介は思った。

「でも、まだ美海をあげるつもりはないんだけどね。」
「へっ?」

 あらぬ方向に話が進み、顔の熱が上昇したのは圭介の方だった。慌てすぎて変な声まで出る。
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