10回目のキスの仕方
「…あの、浅井さんに近づく女…の中に、玲菜さんの中で私はカウントされているのでしょうが、…その、意味が違います。」
「意味?」
 
 美海は頷いた。

「仲良くさせていただいています、浅井さんとは。でも、その…玲菜さんが浅井さんを想うような気持ちとは違う…というか、えっと…あの、上手く言えないんですけど…伝わります?」
「…つまり圭ちゃんは彼氏じゃないってこと?」
「ももも勿論です!というか、浅井さんを彼氏になんて畏れ多いです…。」
「畏れ多いって意味わかんないし。」
「浅井さんは…とても優しくしてくれます。出会ってから期間は短いですが、たくさん助けてもらいました。だから…あの、ちゃんと友達になって、返したいんです。少なくとも助けてもらった分は。」
「…ふーん。じゃあ、圭ちゃんに恋愛感情はないんだ?」
「…はい。」
「何今の間。」
「えっ?あ、と、特に深い意味は…。」
「怪しいんだけど。」
「あ、ありません!私が浅井さんに恋愛感情を抱くなんて…滅相もないというか…浅井さんだけではなく、恋とか私…。」
「何よ?」

 美海は少し俯いた。恋愛感情なんてわからない。恋なんて、痛いだけだ。

「…恋は怖いです。だから、大丈夫です。私が浅井さんを…その、今、玲菜さんが好きって言ってらっしゃるような形で好きになることはありません。」
「…あっそ。じゃーあたし、圭ちゃんの彼女になるから。邪魔しないで。」

 『圭ちゃんの彼女』という言葉が冷たく心の横を通り過ぎた気がした。首を振って、何とか誤魔化す。

「…あの、そろそろ仕事に戻ってもいいですか?」
「勝手にすれば。」
「…お疲れ様でした。」

 美海はぺこっと一礼して、控室のドアを閉めた。ふぅーっと息を吐いて平常心を取り戻そうと頑張ってみる。しかし、心の奥底が少しだけ傾いでいく感じを拭いきれない。

(浅井さんに恋…なんて、できない。)

 それは圭介に問題があるからではない。問題はもちろん自分にあることを、美海は自覚している。
 玲菜に対してポロリと零れ落ちた本音。恋は怖い。そして痛い。できればもう、したくない。

「頑張って、玲菜ちゃん。」

 自分にしか聞こえないような声で小さくそう呟いた。
 圭介に感じた胸の高鳴り、緊張、安堵、その全ては多分、錯覚のようなものなのだと何度も心の中で繰り返した。

 
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