10回目のキスの仕方
* * *

 玲菜の勤務は7半時で終了だ。その後は美海と店長が二人になる。

「あの、店長。」
「なにー?」
「この人、借りてもいいですか?」
「はいはい、好きにしなさい。その代わり、今後シフトが被っても、業務に支障はきたさないこと。」
「…わかりました。」
「えっと、うわっ…!」

 ぐいっと強引に腕を引かれる。美海と背丈はあまり変わらないのにパワーは全く違う。玲菜に腕を引かれるままに、美海は控室に入った。ドアは小さく音を立てて閉まる。沈黙が痛い。

「あたし、あなたのこと嫌いだから。」

 はっきりと、嫌い。その言葉がジンジンと美海の耳に響く。振り返って考えてみても、こんな風にはっきりと誰かに嫌いだと言われたことは未だかつてないかもしれない。何となくその言葉に痛みを感じるが、そこまで痛くないのは美海の理解が追い付いていないからだろう。嫌われるようなことをしていて嫌われたのならば納得がいく。しかし、美海の場合はそうではない。これでは生まれたときから嫌いだと言われているようなものだ。

「あの…先ほども言ったんですけど、…どうして…?」
「どうしてって、圭ちゃんに近づく女はみんな嫌いだから!」
「あ、浅井さん?えっと…ちょっと待ってください。浅井さんに近づく女は嫌い…ということはつまり…。」
「あーもう!鈍感!グズ!あたし、とろくさい女ってほんっとに嫌い!」
「っ、ご、ごめんなさい!理解が遅くて…。でも、わかりました。つまり玲菜さんは浅井さんのことが好きなんですね!」

 美海がそう言うと、玲菜の頬が赤く染まった。―――可愛い、と美海は思ってしまう。可愛いというのも変な話だが、思ってしまった以上、仕方がない。

「な、なによ!」
「いっ、いえ、な、なにも!何もないです!」
「なんでニヤニヤしてんのよ!」
「ニヤニヤだなんてそんな。ただ…。」
「なに?」
「…玲菜さん、可愛いなって。」

 言ってしまってから、まずいことを言ったと気が付いた。玲菜の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。

「っ…あんたねぇ!バカにしてんの?」
「そ、そそそそんなっ!バカになんかしてません!大真面目です!」
「…意味、わかんないし。」
「…そ、そうですね。すみません。でも、バカにはしてません。それに玲菜さん、色々誤解なさってます。」
「誤解?」

 玲菜の表情が少しずつ怪訝なものに変わっていく。美海は心を落ち着かせ、何とか怯まずに言葉を続ける。
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