10回目のキスの仕方
* * *

 目の前の美海が涙を浮かべたまま、自分をしっかりと見つめ返しているのを見て、果たして彼女はこんなに強かっただろうかと思う。それはそもそもの彼女に対する見当違いだったのかもしれないと思えるくらいには、今の彼女は揺らがずにひたすらに強い存在に見えた。
 そして、自分の考えを見透かすように言ってくる彼女に、反撃することもできなかった。ただ、彼女は自分という存在を買いかぶりすぎている。

「そんなこと…ありません。」

 『そんなはずはありません。』と小さいけれど確かに彼女はそう付け足して言った。

「気持ちを受け取る方も、生き物です。…苦しんだり傷ついたりする気持ちをもっています。だから、玲菜さんだけ苦しくて、浅井さんが苦しくないなんて嘘です。」
「…松下さんは優しすぎるよ。俺の痛みで泣いてどうするの。」

 呆れたように言って、何とか誤魔化す。本当は呆れてなどいない。そっと自分の中に落ちてきた感情が確かなものになっただけだ。
 看病しに行った日に込み上げた衝動が再び蘇るのを感じる。そのまま腕を掴んで抱きしめてしまいたい、そんな衝動。ただ、それを今してしまえば彼女が混乱するのもわかっている。玲菜が言っていた言葉も引っかかっていないわけでもない。

「…目、こすらないほうがいい。止まらないならタオルあてて触らない。」
「…そう、します…。すみません、また泣いて…。浅井さんのせいじゃ…ない、です…。」

 そんなはずはないのに、と彼女が口にした言葉をそのまま返してやりたい気持ちになる。その気持ちをぐっと押さえて伸ばしたのは手で、その手をそっと彼女の小さな頭に乗せた。

「…浅井、さん…?」
「松下さんが泣くの、苦手。」
「すみ…ません…。」
「いや、勝手に俺が苦手としてるだけだから、…松下さんは悪くないんだけど。」
「泣き…やみます。」
「こら、こすっちゃだめだって。」
「…あ、そうでした。」

 目に涙をためながらも、そう言って小さく笑った彼女を見て、自分の中に渦巻く様々な感情に納得がいった。

「早めに冷やした方がいい。」
「…はい…。お引止めしてしまって、すみません…挙句に泣くとか…もう…本当に…。」
「どっちも松下さんのせいじゃない。今度は、講義で。」
「はい。…おやすみ、なさい。」

 彼女の今できる精一杯であろう笑顔を見つめて、頬が少し熱くなったのは多分気のせいじゃない。
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