金魚の群れ

4

「ひめちゃん、頑張るのよ」

「大学卒業したら、ぜひうちに就職して」

曽我さんのその言葉に、苦笑いしてしまった。

「曽我ちゃん、なに泣きそうになっているの。ほら、笑って見送るのよ」

ともさんに思いっきり背中をたたかれた涙じゃないかしら。とか思いながら、食堂で一緒に働いてきた人たちに囲まれる。

「本当に、お世話になりました。皆さんと一緒に仕事ができてよかったです」

言い終わるかどうかのうちに、ぎゅーっと抱きしめられる。

「もう、本当にさみしいわ」

「やだ、私も」

何人かのおば様にハグをされると、止まっていた涙がまた出そうになる。

「じゃあ、LINEするからね」

「はい、待ってます」

これでお別れじゃないのよ。とでもいうように、そう言ってくれた人たちに手を振って別れた。
最近になって飲み始めたお酒に、ほんの少しだけ酔ってしまった感じがする。

外の風は冷たくて、耳のあたりを吹き抜けた風が、ピリピリとした感覚を伝えるのに、体のほうはほんのりと温かい。

夜の10時を少し過ぎた時間。

家庭のあるおば様たちの終了時間は、時間に余裕のある学生たちよりはずいぶんと早目だ。

今から行ったら、会えるかな。

酔った頭でぼんやりと考える。最後のバイトの時にも会えなかった辻堂さん。
いつも仕事で、きっと帰るのも遅いはず。

会社の前で待っていたら会えるだろうか。

今日は金曜日。

週末だけど、もしかしたらいるかもしれない。

正常な思考はどこかに行ってしまっていて、足が勝手にバイト先である会社のほうに向かう。
通いなれた改札をくぐって、しばらく歩けばたくさんのビルが立ち並ぶオフィス街。

よく知ったビルを見上げれば、ところどころに明かりがついている。

ぼんやりと見上げていると、目の前の自動ドアが開いて人が出てきた。その姿にはっとして、急いでその場を離れた。
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