怖がりな君と嘘つきな私
ナルは小さなライヴハウスの店長をしている。
見た目はただの水色のビルだけど、1984年から続く老舗のライヴハウスで、ハコ自体のキャパも広く天井が高いから、音響きがいい。
ナル自身もギターやベース、ドラムをやっていて、ずっと何かしらバンドを組んでいる。

「今日はライヴに行く気分じゃない。花穂、一人で行ってきて。」

体を丸めたナルを、ベッドの脇から見下ろしながら、あのときと一緒だとぼんやり考えた。

ナルは高校を卒業したあと、金属加工を行う小さな会社に就職したのだけれど、一年あまりで辞めてしまった。

「野球が好きな先輩がいてさぁ、昨日の阪神巨人戦の結果を聞いてきたから教えてやったんだけどな。そのあとで課長がきて、そいつに昨日は巨人が圧勝だったな、って言ったんだよ」

そしたらさ、そいつなんて答えたと思う?
ナルはそう言いながら、鼻にしわを寄せた。

「えぇー、そうなんですか、圧勝かぁ! だってよ。目なんか丸くしちゃって。結果知ってたくせにさ。」

そういうの、クソみたいだよ。
ナルは吐き捨てるようにそう言って、そのあとで、ものすごく悲しい顔をした。

ナルの言ってることは分かるんだけど…
そういうの、よくあるよね。
社会人ならさ。
ホンネとタテマエ。
世渡り術っていうやつ。

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