僕は悪にでもなる
生きがい
そして家の扉を開けると、騒がしい人達の笑い声が。

直樹、おばちゃん、雪美、空美、弁護士

「おーかえったぞ!今日は就職祝いだ幸一~」
直樹はもう酔っていた。

「おかえりなさい。頑張るのよ。幸一。」
おばちゃんが優しく声をかける。

「幸一君なら大丈夫だよ。ねえ。虹美」
そう雪美が言った。

「さあ。二人とも座りなさい。ごちそうを用意したからさあ、食べなさい」
弁護士が言った。

「今日は先生のおごりだぜ~さあ、祝いだー祝いだー。」
直樹が酔っ払いながらニコニコと笑いながら言った。
みんな、みんな思うがままに飲み、食べ、笑い、会話が弾んで止まらない。

すると直樹が歌いだした。

「君に預けし 我が心は
今でも返事を待っています
どれほど月日が流れても
ずっと ずっと待っています

それは それは 明日を越えて
いつか いつか きっと届く」

「幸一、虹美はすごいよ。しゃみせんなんて触ったこともないのに、仕事帰りに毎日毎日習いに行ってな。でも声はきれいんだけど、音痴でこまったよ。俺が教えたんだぜ」
自慢げに直樹が言う。

虹美ははずかしそうに顔をあかめて下を向いている。

「ありがとう、直樹!虹美の演奏も歌も上手で感動した。ほんとに救われたんだ。
虹美。。。ありがとう。」

そう俺は言った。

「まあまあ、よかったじゃないか。ほんとによかった。さあまだまだ残ってるぞ
今日は飲んで食べて、明日からみんな頑張ろう!」
そう弁護士が言って少し変わった空気を吹き飛ばし宴にもどった。

みんな、みんな、笑って笑って。
悪やら憎しみやらそれぞれの悩みやらみんな、みんな吹き飛ばして
騒いだ。飲んだ。

そして気がつけば12時が近づこうとしていた。

「さあ。みんな帰るわよ。明日幸一の初出勤だから、遅れたら大変だわ。」
そうおばちゃんが言った。
男達が騒いでいる間も女たちは少しずつ片づけを進めていて、このころすでにもう片付けが済んでいた。

そして酔っ払ってしまった直樹を弁護士がかかえ、みんな立ち上がった。
「幸一頑張れよー」
直樹が言った。
「あー。今日はありがとう」

みんなみんな応援してくれている。みんな笑顔で帰って行った。
さっさと風呂にあがり、先にベットに着いた。
髪を乾かす虹美の後ろ姿を見て、俺は声をかけた。
「ずっとずっとこんな日が続けばいいのに。いやずっとずっとこんな日々を過ごしたいな。」
「うん。大丈夫よ。ずっと一緒にいようね」
そして虹美がベットにはいってきて、今日も深く深く眠りに着いた。

そしてそれから順調に事が運ぶ。
毎日が充実し、命の果てを見たことが嘘のように。

口にする虹美の手作り弁当は日増しにうまくなり、
見上げる空は日増しに綺麗になる。
仕事も順調にこなし、作業をするたびに自分は社会の大きな大きな歯車の一部になり
そして愛する虹美のために労働している実感。
朝をかくために快感を覚え、疲れた体を感じるたびに生きている実感を覚える。
休憩中に飲む缶コーヒーも煙草もたまらなくうまくて
仕事が始まると社会の歯車として愛する人のためにと体に魂に命が踊る。
働いた体をベットに寝かせた時、疲れているほど、体が痛むほど、幸せを感じ
横にいる虹美を見てはあまりにも悪のない達成感に包まれて
ぐっすりとぐっすりと眠れる。
朝は虹美の朝ごはんが楽しみで眠気などすぐにふっとび、味わって味わって味わって
食べる。腹いっぱいになり、虹美に見送られていつも
携帯灰皿を右手に缶コーヒーを左手に、見よりの駅まで空を見上げながら煙草を吸う。
これもまた快感。これから愛のために、社会の一部としてこんな俺でも仕事に向かっている。仕事が終わると仕事場の人の誘いも断り夜街には一切よらずまっすぐに家に帰る。
襲撃もあれ以来あっていない。
ただ、愛のために精力がわき出てそれに乗って働き、帰れば愛がある。
週末にはみんなでご飯を食べに行ったり。
虹美と二人っきりで今までずっとずっと作れていなかった二人だけの時間もゆっくりとゆっくりと過ごした。
悪を断ち切り、愛を失った俺が、悪を断ち切り、愛をつなげている。
こうやって人々は働き、家族を養い、子供を持ち、愛をつないでいく。
子供はまた大人になり子供を作り、与えた愛を子供に愛をつなぐ、
そうやってみんなみんな人生を送っている。
そんなそんなごく普通の生活が今ままでの俺には全く無縁で新鮮で
今さら感動している。

このままずっとずっとこのままこのまま永遠に続いていく。
悪から完全に断ち切った俺は虹美と共に。
愛をつないでいく。

そしていつか虹美に桜公園であの頃見るにも見えなかった美しい光景。
母親達の優しい笑顔、時間を与えてあげられる。

ずっとずっとこの生活が続いていく。

そう思っていた。
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