僕は悪にでもなる
雪美
いつものように腹いっぱいになり携帯灰皿を右手に缶コーヒーを左手に、空を見上げながら煙草を吸って、わきあふれる勢力と共に仕事にむかっていると、朝日に当てられ写る複数の影に気付いた。

もうしばらく、幸せで普通で平凡な悪なき日々を送っていたせいか、囲まれている理由に気付くまでわずかばかりの時間が言った。

「なんですか。」
俺を囲んだやつらは何も言わない。
彼らの目をみてやっとやっと危機感を感じた。
足元に意識を向け力を入れる。
久々に見た悪の目。悲しい目。
「こんなに人が平凡に幸せにやっとやっと日々を送りだせたと言うのに
何のようだ。」
でも今は朝。そしてここは飲み屋街ではない。
何かがおかしい。
初めて見た男がいた。スーツを聞いている。
「私は北川と言います。今までご苦労様でした。
やっと君が知りたい男に会えますよ」

「北川?誰だお前。一体なんで俺を狙うんだ!?」
北川は、だまってポケットから携帯を出し、俺に渡してきた。

「何だ。これは」
「いいから話せ」

「もしもし」
「幸一君。しばらく静かな毎日を送っていたようだな。」
「誰だお前」
「まあ。まあまだ言えないよ。」
笑っている。
「お前か。俺を襲い続けてたやつ。お前が黒幕」
「あーそうだ。」
「なぜ、俺を狙う。」
「それもまだ言えない。」
「もう、理由はどうでもいい。何かしたなら謝罪する。謝罪ですまないならあんたの要求を飲むから言えよ。」
「お前には何も求めない。求めるのはお前の苦しむ姿。」
「一体なんだんだ。頼むもうやめてくれ。もうそっとしておいてくれ。
なんで、なんでお前が俺の苦しむ姿を見たいのかわからないが何でもするから許してくれ。頼む、頼む。俺はもう。。。。」
正気を失い、冷静さを失い、声を張り上げた。願いを込めて。
「あははははは。しばらくいい思いをいたみたいだな。愛ってやつか。」
「誰だ。お前。」
ふと冷静さが戻り小さく重たい声でなげかける。
「どうしても俺から逃げたいなら。要求を飲みたいのならそこにいる奴らとここにこい。俺がいる」

俺は2つの動機の元やつの言うとおりに連中達に連れられてやつの元へ。

一つはどうしても、何があっても、何をされても今の生活を守りたい。
もう一つはここでケリをつけなければ、ここで会わなければ、ずっとこの悪から逃げられない。彼の正体を知りたい。

そして彼の元へ。部屋のドアの前に立つ。
ここにいる。
北川がドアを開けた。見えたものは。
ベットの上で獣が汚い息を吐き、腰を振り、金玉が揺れている。
手を縛られた女の足が両端に開いている。
吊るされた縄に洗濯バサミで挟まれた白い液体がたまるコンドームがいくつもつらされている。すぐ足もとには金属バットと大量に積まれた諭吉。。。

あの日あの日見た光景。人生で3度目に見る悲惨な光景。
違うのは女には意識があるようだ。それに泣いてもない、わめいてもない。
何かをあきらめ獣に身を任せるように。

うっすらと感じていたがやはり黒幕は大井に関係するもの。
復讐が生んだ復讐。

男が振り返った。
鼻にほくろがある。
あの少年院で聞いた講演の男。
人は見かけによらない。
直観的に感じた大井のような男だとそう思った会社の社長。
「生きていくためには人を愛する。人を愛するためには自分を愛さなければならないか」
心を打たれたあの男。

「なんのつもりだ。そしてお前は大井とどういう関係なんだ。」

「おう。来たか」
平然と言葉を返し、女から離れた。見えた女の正体。

「ゆ。。。」

俺は正気を失った。
何があっても、何をされても今の生活を守りたい。そんな動機は跡かたりもなく吹っ飛び俺は金属バットを手に諭吉を踏んで男に向かう。
「おまえーーーーー。待ってろ、待ってろ。あいつのようにしてやる」
怒りが俺の全てを支配した。

「おいおい。ちょっとストップ。」
俺は止まらない。本当の自分が悪にまた呼び出され愛からまた離された。

息をもらし、怒りで震える。
すると複数の男達が後ろから掴みかかり俺は抑えつけられた。
「久しぶりだろう。この光景。」
獣が笑っている。そして獣がまた臭い息を吐き俺に尋ねる。
「お前今、俺に何をしたい?」
「殺したい。今すぐに殺したい。何もかも失ってもいい。お前を必ず殺す」
「俺もお前を殺したい。でもお前のように突発的に簡単には殺さない。本当の復讐ってやつをおしえてやるよ。

俺の正体は、お前がこの場面で半殺しにした者の兄だ!」

俺はおさえつけられた頭をあげ、目をまんまるにして獣を睨んだ。

「どこまで腐ってんだお前。どんな顔してあの時少年院で講演をしていたんだ。
あいつは、直樹は心からお前を尊敬していたんだぞ。」

涙が垂れ落ちる。

「なぜ雪美を狙う。復讐したいなら俺を殺せばいい。雪美にはもう手をだすな」

「こいつはな。父に捨てられた。またその捨て方がえらい悲惨でね。二十歳になったこいつを、親父はじゃたりの夢をかたり軍資金に調達した大金。その借金の保証人に雪美のサインを要求し、親父はその金をもって逃げた。
額はお前らみたいなゴミには到底返せるようなものではない。
それでこいつは俺と出会い助けを求めてきた。俺は毎月返済額をこいつに渡し助けてやっているよ。どうやら妹には内緒らしいがな。体の関係も初めはなかった。ただただ俺は弱きものを助けただけだ。でもお前と言うカラスが東京に来た。そしてお前の親友直樹の女。そして雪美の妹虹美はお前の女。お前を苦しめるすべての条件がそろった。それからこいつに体の関係を求めた。俺から逃げられなくなったわけだ。
むろん、この女にも、直樹も、妹達も、お前も、この力に勝てない。それを知って強者に屈しただけよ。これにどんな罪名をお前はつける?」

「売春、強姦」

「俺はただこいつの抱えきれない借金を返しただけ。虹美、空美の身の安全への危機感もこいつが勝手に想像した。売春とは、対価を得る目的の性交である。俺はこいつに対価を渡した覚えはない。
抱えきれない借金を助けている善者。性行為はただただ男女の関係をもっただけ。
強姦?俺はこいつを無理にやったことは一度もない、抵抗したことも一度もない。」

「何ごたくを並べてんだよ。お前の理屈は極めて身勝手なものだ。俺への復讐だろ。
俺への数々の暴力。犯罪だ!」

「そうか。じゃあ俺を警察に突き出すか?例え裁判までもちこめてもお前らには所詮安い金で動く未熟な弁護士。こっちは高い金でしか動かない一流の弁護士。証拠不十分で無罪。よく行っても、俺は保釈金をはらってせいぜい執行猶予。すぐにしゃばにもどる。でもこいつの借金の助けはなくなる。
さあ。どうする。幸一君。おまえらじゃあ勝てない相手だよ。お前らじゃあ抱えきれない額の借金だよ。まあ何よりこいつがお前を止めるだろう。何よりこの事実を直樹にも妹にも知られたくないだろう。売春やら、強姦やら、お前が勝手に思う被害者。その本人の意思で全てきまるんだよ。さあ幸一君を離さしてやりなさい。」

俺を押し倒して離さないチンピラが力を抜き俺を離す。

俺は立ち上がり、バットを強く強く握り、獣に近付いた。
殺す。殺す。殺す。
怒りで手が震え、感情が声になり外に漏れる。
男は全く動じない。服をはおり、目をつぶって堂々堂々とソファーに座ってる。

「やめてー。幸一君。こうするしかなかったの!お願いやめて。これでいいの。
そうしないと私達は生きていけないの。お願い」

雪美が涙を流し叫び俺をつかんだ。


「これが現実。別に俺は雪美の体など欲してはいない。女はいくらでもいる。
これはねえ。復讐が生んだ、復讐だよ。これが本当の復讐ってやつだよ。
お前復讐、お前悪が雪美の不幸を生んだんだよ。」

「あーゲームをしよう!少しずつまた鉄砲玉をおくるから耐えるんだよ。
期間は1ヵ月間。また前と同じように動画にとらせる。苦しむお前の姿を。
これは弟がしゃばにでたときのお祝いに渡す。
1ヵ月間耐え抜けば、私が全額借金を返そう。お前らには手に負えない額でも私にはスピード違反で切符を切られるくらいのもの。何より復讐。弟へのプレゼント。1ヵ月間暴行に耐えて苦しむ姿を私が見えて弟が見える。私らならそれに相当する価値があるんだよ。
途中で反抗したり、逃げたりすると、期間は延長されるので肝に銘じておけ。」



それと、
警察に言ったって無駄だ。
内の鉄砲玉は決して黒幕をはかないし、お前らが証言してもまた、雪美を苦しめるだけ。
お前が与えた苦しみだ。お前が耐えるんだな」

そう、北川と大井は、満足気にわらって部屋をでていった。

雪美の。
悲劇、秘密、借金、警察、裁判、鉄砲玉。
この不幸を悲劇を止めるために。
あいつを殺しても、借金が残る。
警察に言っても、雪美の秘密がもれる。直樹が知る、虹美が知る。
借金は返せない。何よりあいつなら本当に無罪にもっていける可能性もある。
うまくいっても執行猶予。鉄砲玉を警察に突き出しても同じ。
打つ手がない。
混乱している。
何も考えられない。
込み上げる怒りがとまらない。
俺への復讐の矢が雪美に向いた。
何より、これ以上その矢が誰にも向いてほしくない。
復讐が復讐をうみ。悪が悪が生む。断ち切れない。
込み上げる憤りがとまらない。

爆発した。怒りが。悔しいけれど。また爆発した。

「ああああああーーーーーーー」
金属バットを持ち何度も何度も柱を叩く。
「バンッ、バンッ、バンッ、バンッ」
「くそー、くそーーーーーーー」
汗と涙がまざり、口に流れ込む塩味は憎しみの味以外なんでもない。

雪美はそんな俺を見てただ泣いている。

目に入ったのはあいつの体内から出た白い液体がたまるコンドーム。
まだ芽生えぬ、いつかこの救いようのない悪の子孫になるかもしれない。
白い白い憎い憎い液体が床に散らばった。

その有害極まりない憎い憎い白い液体を金属バットで何度も何度も叩く。
コンクリートに叩きつけた衝撃が直接手に伝わり、手が飛びそうに痛い。
痛さを声で吹き飛ばしごまかし何度も何度も
「ああああああーーーーーーー」
「バンッ、バンッ、バンッ、バンッ」
「くそー、くそーーーーーーー」
「バンッ、バンッ、バンッ、バンッ」
今の俺にはこれしかできない。
悔しくて悔しくて何度も何度も叩くことしかできない。
叩き続けたバットまがり、ぶらぶらと鞭のようになってもまだ叩く。
そしてバットの半ばあたりが完全に折れて飛んで行った。

手元に残る半分にも満たないバットを投げつけて俺は頭を抱えて膝から沈んだ。

「どうしたらいいんだ。」
俺は下を浮いて吠えた。
雪美は泣いている。

しばらく二人は何も言わずにただ悲しんでいる。
混乱した頭を冷やそうと冷やそうと静かな空気が続く。

荒れたいき、痛む手、ひきつる腕、叫び続けてたせいで
貧血をおこしたようにくらくらと。

残る痛みを感じながら冷静に冷静にと深呼吸をした。

「雪美。とにかく今は警察にも、直樹にも、虹美にも、、、
何も言うな。」

「どうする気なの。」
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