僕は悪にでもなる
そして俺は目を覚ました。
服が着替えさせられていた。頭にはほう帯。自宅に運ばれていた。
そっとベットから降りて窓際の壁に肩を添えて空を見た。
振り続ける雨。真っ暗な空。

「虹美が死んだ。死んだ。死んだ。」

そんなこと、部屋に入ってあいつの寝顔を見たときから知っていた。
ただ、ただ受け止められなかっただけ。

見えるベット。
ここで愛を誓い、同じ夢を見て、ぬくもりを分け合った。

立てられた写真には二人の笑顔が写る。

数々の思い出。はじめて人らしき日々を虹美からもらった。
悪なく日々。憎しみなき日々。そう愛というものを。
透き通った瞳。美しい笑顔。でもどこか消えそうでなくなりそうな
儚さが伝わる。

もう二度と二度と。。。
ボロボロとボロボロと重たい涙が。

この人のためならなんでもできる。なんでも我慢できる。
この人といれば悪がなくなる。
優しい感情がずっとずっと俺の心にあり続けると。
憎しみから離れ、愛がずっとずっとここにあり続けると思っていた。
自らの命とひきかえに生きてほしかった愛。

もういない。

大きすぎるものを失った。

掴んだと思えば離れていく愛。
離したと思えばまた掴む悪。
ずっと憎しみとともに生きてきた。
ずっと悪と闘ってきた。
やっと掴んだ愛。
また失った。
これが俺の人生。

東京に来て最大の幸せと最大の悲しみ。
それが虹美。
無限に振り続けてきた悪の果てに。優しい愛を挟んで。
儚く消えていった虹。まるで幻想だったかのようにもういない。

俺は壁に耳をあてて振り落ちる雨音とともにまだ止まない涙。
自然に口ずさむ。

「空と君との間には~今日も冷たい雨がふる~
君が笑ってくれるなら~僕は悪にでもなる~」

震えた声で歌う。繰り返し繰り返し。

思い出しながら。思い出しながら。

はじめて会った虹美の瞳。
襲撃にたびたび会う俺。
離さない虹美を突き飛ばした。
絶えず心配する虹美。
腐る俺。
不器用で不得意な歌を、しゃみせんをならいに仕事帰りに毎日通ってくれた虹美。
縄に首をかけ命をあきらめた時聞こえた美しく透き通るような歌声。
目をつぶり、間違えぬようにと必死でしゃみせんを鳴らす手。
雪美が死んで悲しく憎しく泣いた虹美
どんなに悲しくたって。どんなに苦しくたって。
朝早く起きて作ってくれる朝ごはんと弁当。
毎日毎日変わらず、飽きず淡々と続く愛。
虹美と笑った、誓った、泣いたあの瞬間に、場所に。

お台場の海で見た虹。そして儚く消えた虹
「私はなくならない。ずっとさっきまであった虹のようにあなたのそばにいて
あなたに見ていてほしい。ずっとずっと変わらずに。」

でももういない。
全てを思い出していく。

「空と君との間には~今日も冷たい雨がふる~
君が笑ってくれるなら~僕は悪にでもなる~」

涙の重さが増すばかり。
涙の量が増すばかり
あいつにもらったものは計り知れない。
あいつに支えてもらってたものは計り知れない。
俺は何もできなかった。
守れなかった。失ってしまった。
歌うことをやめ頭を床につけ、何度も何度も床を叩く。
あの幼きころに土を叩いたように。
「あの時と何も変わっていない。くそーーーー」
吠えた。泣いた。
顔をあげて。

ほう帯に血を湿らせ、泣き続けた、叫んで痛めた喉。
疲れた体。失った心、壁に寄り添い、放心状態に。

どれだけ時間がたっただろう。

ドアをたたく音が聞こえた。
俺はじーっとドアを見ている。
扉が開き、知らない人が入ってくる。

「虹美。」

直樹とおばちゃんとともに
遺体が運ばれてきた。

「ベットに寝かせてやってくれ」
直樹が言った。

「しばらく二人にさせてあげて、幸一。明日朝10時に。出棺よ。」
そうおばちゃんが言った。
そしてみんな部屋をでて、二人っきりになる。

静かに眠る虹美。
俺はそっと虹美の横に。

「おかえり。虹美。聞こえているか?もう充分泣いた。たくさん泣いた。
だからもう、泣かないよ。
もうこんな言葉をかけても、聞こえないんだよな。
もうここにいないんだよな。
もう死んじまったんだよな。」

もう一度、もう一度だけ確かめるように声をかける。
込み上げる悲しみ、込み上げる悔い
涙を喉で止める。

「ありがとう。」
後はそれだけ言って頭をなでる。
ゆっくりと眠る虹美を。

愛したくっきりとした目
すーと高く延びた鼻
小さな口

気高く美しい声
優しい思い
伝わる儚さ

そこにいるだけで、そこにいるだけで
愛おしい

心から愛した女

この部屋で過ごした日々

重なり合った肌と肌

数々の想いで。

永遠を誓った愛

夢見た将来。

全てを奪われた。
そしてそっと虹美の頭を少し上げて
左腕を通し腕枕をした。
いつものように。二人で。最後の夜を。
共に眠る。
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