僕は悪にでもなる
直樹とかずみさん
大井の前に立った人たちはあわてて振りかえる。その隙間から見えたのは

直樹だった。
横腹を包丁でさし、深く深く腹の中へ。

「なにしてんだ。おい。なにしてんだ。」
ありあえない現実、飛びそうな意識

「なおきーーー。なにしてんだーーーーー。お前――――」
声をはり叫び意識が戻る。

「幸一。お前がさしてどうするんだよ。悪を断ち切り愛をつなぐ。
お前はずっとそれに向かって走ってきた。
ここは俺がする。」

雨にぬれ見えないがはっきりと光る直樹の涙。

「何いってんだ。直樹、なあ。直樹。逃げろ。」

「空美を頼んだ。」

そう言って突き刺さったナイフを抜いた。

「やめろーーー」
言っても聞かない、直樹はもう一度刺す。周りは恐怖で動けない。

「だったら。だったら。俺も切らしてくれよ。」
そう言って刀の刃を前へ構え走り出した。

「どんっ」

剣先が何かにぶつかった。

人。。。

「行きなさい」
息苦しく、絶え間ない痛みをこらえて低い声で。

「か、か、かずみさん。」
「行きなさい。あんたは向こうへ。」

「え。。。。なんで。どうして」
震える俺。
流れる血。
雨に打たれ薄れてゆく赤い赤い血。

直樹は、刃先を大井の腹の深く深く突きおした。
周辺は恐怖に包まれ、大井は命を終える。

血まみれに、雨にうたれながらまだ刺し続ける直樹。
目の前で苦しみながら叫ぶおばちゃん。
駆け付ける警察官。
立ちすくむ女刑事。

そして目の前のかずみさんが叫んだ。
「行きなさいー!!早く!そうしないと私ここで自分の腹をえぐりここで、あんたの前で死ぬわよ!」
最後の力を振り絞り、ふきだした大声の息は雨をもふきとばした。
その雨には血がまじり、俺の顔にぶつかってはじける。
俺は俺は、刀を離し少しずつ後ろへ後ろへ。
「いきなさーい!いきなさーい!」

そう何度も何度も叫ぶおばちゃん。
雨で顔が見えないが女刑事がおばちゃんを抱え、俺の肩を突き飛ばした。
そして
「いきなさい」
そう言った。

駆け付ける警察官。
俺はそこからたまらず走って逃げた。

追いかける警察官をかずみさんがとめる。

「ちょっと待ちなさい。あんたたち。ちゃんと見てなさい」
そう言った・
「かずみさん。」
女が固まった。

刺さった日本刀をゆっくりとゆっくりと横に腹を切り裂いていく。
立ち止まった警察官がとめに入った時、
かずみさんはすでに命の果てに。

泣いて抱え込む女刑事。
去りゆく俺の背中を見て涙する女刑事。

倒され赤く赤く雨水に滲んだ歩道にほほがつき、警察官に抑えつけられ
後ろにまわった両手に手錠がかかった。

豪雨が降りしきり
雷が鳴り響く。

「あーーーーーーーーーーーーーーー」

豪雨をかきわけて、叫んで叫んで走っていく。

「なんで、なんで。直樹。おばちゃん。どうして!」

なぜ。こんなことになってしまう。
俺が殺せばそれでよかった。
この手で、この手で。
心行くまで斬れさけばよかった。
なぜ、どうして、邪魔をする。

「くそーーーーーーーーーー」

めぐるめぐる言葉。
走って走って切らす息。消えてしまいそうになる意識。
消えてしまえばいい意識。

虹美を失ったんだ。
なぜ、直樹とかずみさんが俺をかばうんだ。
もうこれ以上失いたくないのに。
この手で殺したくて殺したくて俺はもう死にたいのに。
愛が邪魔をする。

俺は脚をからませて転んでしまった。
打ち当たる豪雨よ。
研ぎ澄ましとげとなり俺をこのまま殺せ。
もう生きていけない。
この手で殺せなかった。
また大切なものを失った。
神は、運命は、どうして俺をこんな行き地獄を与える。

打ち当たる豪雨のはるか向こうにある暗く熱い雨雲にむかって叫んだ。

「どうしてーーーーー。殺せーーーーー。今すぐに。」

俺の肩を誰かが叩く。
「幸一君だね。」
返事をしない俺。

「落ち着いて。」
何も言わない俺。意気消沈した俺。ただ泣いている。

肩を叩いた男は、そんな俺を悲しそうに見ている。
「なんで。お前が悲しむ。お前はだれだ。」

「とにかく一緒に来てくれるか。」

そう言って肩をもち車に乗せた。

去りゆく景色に見える人々よ。この無限の哀傷がわかるか。
この無限に怒りがわかるか。

自分の人生を憎む。
あきれてものも言えないくらいに。
どこまでも振りかかってくる俺の運命にへばりついた悪縁よ。
死んでもまだ追ってこれるか。

俺は舌を噛みちぎろうとした時、声が飛びかかる。

「かずみさんは死んだ。直樹君が大井を刺した。君はそれを恨んでいるだろう。
悔しいだろう。その行為が邪魔だと思っているだろう。

受け止められない現実。君の苦しさは到底想像できない。

でもここで君は死んだら二人の行為は何の意味をもつ。」

「かずみさんが。死んだ。。。。。
俺が殺した。俺が殺したんだーーーー!

大井をやったのも直樹じゃない。俺がしたんだ。」

男は何も言わない。

「俺がした。俺がした。俺が。。。」
頭を抱えて下を向く。

「かずみさんは俺が殺した。」
有らん限りと涙が落ちていく。

車が署につき、意気消沈した俺を二人の男がかかえて中へ運んでいく。

「俺がした。俺がした。俺がした。」

頭がぶっ壊れ、精神が崩壊し、ただ同じことを繰り返し言っている。

部屋に入れられ、イスに座らさせる。
「俺がした。」

何も言わない刑事達。
「聞いてるか。俺がしたんだよ。大井も、かずみさんも。
聞こえないのか?俺がした。」

「気持ちはわかるが、大井を刺した上田を何人も目撃してるし、
現場で内の刑事がわっかを入れたんだ。どうしようもない。」

「違う。違う。俺がした。俺がした。」

「そう言われても。かずみさんも複数の刑事の前で自分を刺したんだよ。」

「俺が刺した。」

「無理だ。これは自決にしかできない。事実目の前で腹を切ったんだから。
君を守るためにしたとしても君を罪には問えない。」

「なぜだ。なぜだよ。確かに俺が刺したのに。くそ。直樹だって。直樹だって。
なんであんなことを。先に俺が着いていれば俺がもっともっと卑劣に切り裂いていた。
なのに。なのに。どうして」
「うう。わあーーーーーーー」
俺はまた精神がまた爆発し、机をひっくり返し、イスをもって刑事にぶつける。
おさえてきた警官の腕を噛み、腰にかけた拳銃をうばった。

そして自分のこめかみに。

「やめなさい!」

「いや。やめない。俺はもう駄目だ。悪い、こんな所で。じゃあな。」

引き金を引き、何の迷いもなく打ったはずなのに、間一髪で駆け付けた警官の突進により
大きな音をたて、銃弾は壁にめりこんで小さな煙がでている。

おさえつけられてもなお、叫ぶ俺。暴れる俺。

手錠を入れられて倒れ込んだ。
そして涙しながら立っている警官たちに向けて顔をあげて尋ねた。

「皆さん。一つ聞かせてください。
これでもまだ、生きろと言いますか?」

刑事達は悲しい顔をして俺を見ている。

「これでもまだ、あなたならまだ生きられますか?」

みんな何も言わない。

「こたえられねえだろーーーー!!」

「そうだよな。こんな人生送っている奴なんて早々いねえ。
お前らじゃあわかるわけないよな。こんな運命を与えられた俺の気持ちなんて。
あーそうだよな。ここで死なれたらこまるよな。
おまえら、ちいせえこと考えてんだろ。始末書やらなんやらと。
じゃあ、今お前をかんだことを許してくれ。
じゃあないと、また死まで時間ができてしまう。
まためぐるめぐる悪念と共に時間を過ごさなくちゃならない。
それだけはもう勘弁してくれ。」

「それは、できない。今公務執行行為で逮捕した。」

「またちいせえこと、考えてやがる。暴れるいかれた俺の自殺をとめて、
面倒なことも避けられて、噛まれて、事件になって確保。
上のもんはいい顔すんだろな。

じゃあ。聞くが。なぜ、ここにつれてきたんだ!
殺人で逮捕なら俺はかずみさんに向けた罪を償うのに。
直樹のかわりになれるのならいくらでも服役できる。
それもさせてくれない。
自殺もさせてくれない。
中途半端な罪で逮捕し、中途半端な時間を作りやがって。

何がしたいんだよ!お前ら。」

叫んでも叫んでも変わらない現実。
誰が何のために俺に行き地獄を味わせる。
誰が喜ぶ。誰が楽しい。誰が得をする。
もうほっといてくれ。

俺はそのまま。留置場へと運ばれた。
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