僕は悪にでもなる
目が覚めた。

体中にほう帯が巻かれている。
何故か間違いのない確実な絶望感が胸に。

「どうなった。桜、○○、空美は」
叫びたいが声がでない。

「目が覚めましたか?」
誰かがいる。

「誰だ」

僕は振り向くこともなく小さな声で尋ねた。

「北川です。」

「北川。お前がやったのか」
「いいえ。社長。いや、元社長大井の息子現社長○○。です。」
「ここは?」
「病院です。まる3日間眠っていました。」

また大井か。この連中がやったのなら命を狙って仕組んだ。
思ってもいないが勝手に頭の中に言葉が流れた。

静かに胸のどこかで覚悟を決めようとしている。

「桜、○○、空美はどうなった。」
聞きたくないが小さな声で自然に声がそっとふきだした。

「残念ながら桜、○○は亡くなりました。空美さんは顔に大きなやけどを
命には別状ないが顔のやけど跡は消えないかと。そしてあなたはもう死にます。
手を尽くしましたが。残念です。」

「桜が。○○が。空美が。
嘘だろ。そんなことがあってたまるか。
さっきまで、公園で、二人で、誓ったばかり。
最後の最後の決意。希望。
桜が死んだのか。さっき約束したばかりだぞ。
○○が死んだのか。桜の希望と宝。
空美がやけど。直樹にゆいつ残された希望。
最後に残された俺の希望。
そして愛。

なぜ。なぜ。悪は断ち切れない。愛をつなげない。
最後まで最後までどこまでも奪われる。

なぜ、なぜだーーー。なにもかもなにもかも。」

「あーーーーー。大井―――――」

点滴をのくだをひっぱり点滴台をもって

「きたがわーーーーーーー」

込み上げる悲しみとあきれた悲しみがまじりあい
爆発した怒りと悲しい怒りがまじりあい。
俺は錯乱状態になった。

北川をすぐに部屋から逃げ出し、ドアを閉め鍵を閉める。

俺の頭はぶっ飛んだ。
振り回しドアをたたいて、たたいて。たたいて。
そして意識がぶっ飛んだ。








目が覚めた。
消えそうな意識、背中の皮膚をはがれるような激痛。

「落ち着きましたか。私がやったのではありません。」
「なぜ、お前がここにいる」

「私はずっと大井の側近として仕事をしておりました。
大井があなた達に向けてきた復讐を黙認してきました。
見ていられないものだった。でも私にも家族がいる。生活がある。
それにどれだけ大井のしていることが非道でも、この地位を捨ててまで
家族を捨ててまで、身も知らないあなた達のために、あなたなら動きますか?

動いたとしても彼は止められなかった」

そう○○は下を向いて言った。

「大井は死んだ。やっとこの非道な悪が死んだ。あなた達にももうその悪がむくことは
ないと私も思いました。大恩人である大井の死に一粒の涙も一寸の悲しみもなかった。
むしろ。喜んだ。いや、違う、喜びというよりほっとしました。

しかし悪はまだ続いた。○○がこの事件を実行した。
私がまだ側近でいるのなら、もはやここまでくると地位も生活も恩も、守る理由もなく
全てを捨てて私はあらゆる手を尽くし、阻止したでしょう。間違いなく。

でも私は大井が死んで新体制になり、ただの平社員に降格し、なんの情報も得られなかった。私の親しい友人であることを○○は知らず、社内にも知っているものはいなかった。変わりに№2になったのはその友人。新聞でこの事件を知った時、○○の仕業だと確信しました。そしてその友人に頭を下げて何度も何度も頼み事実確認をしました。

そして私は最後にできることはこのくらいしかないかと、ここに来ました。
あなたがそのつもりなら。」

巻かれた布から見えてきたものは拳銃だった。

僕はそっと手にした。
そしてゆっくりとゆっくりと拳銃を触る。
俺にとってもこれが最後にできること。

「ここからでられるか?」
「はい。ここの看護婦を買収しています。」
「空美の顔を見られるか?」
「はい。手配しております」
「では宜しく。」
「かしこまりました。」
「それと、紙とペンと封筒と切手を用意しろ」
「はい。それとこの種。やけたズボンのポケットに入っていました。」

そう言って種を私北川は部屋をでていった。

雪美、虹美、かずみさん、桜、○○、そして空美。
僕の悪がこれだけの愛を食いつぶした。
例えまだ命の灯が消えず生きていけるとしたとしてももう俺は
生きていくことはできない。
これだけの重たい罪を背負って、重たい憎しみを背負って。

空美を見守り、空美を守り共に生きていくことが
空美に対する愛。

でもその愛にはもう答えられない。
申し訳ない。申し訳ない。もう俺は生きていけない。愛にこたえられない。
悪に全部食いつぶされた。。。また。

あーでもどちらにしろ、俺はもう死ぬ。
このまま何もできずに死ぬほど報われないものはない。
この深い深い悪を直樹に引き継いでしまう。

僕は決意した。


すると、看護婦が部屋にはいってきた。
机におかれたのは、紙、封筒、ペン、切手。
ゆっくりとベットを起こしてくれた。
自由に動かない手。震える手。飛びそうな意識。
なんとかペンをとり僕は書き始めた。

もうこの時、背中の激痛は、怒りと悲しみ、そして揺るがない固い決意により
もみ消されていた。

手紙を書きおえたころ北川が入ってきた。

「こちらの準備はできました。行きましょう。」

僕はベットに横たわったまま運ばれていく。
次第に消えていく痛み。わき出てくるエネルギー。
力が入る体に。高まる鼓動と、妙な快感と興奮。
死にかけていると言うのに体が覚醒していくような。

そしてそのまま俺は空美の元に。
空美は静かにまだ眠っていた。
小さな体に点滴がぶらぶらと。
まかれた包帯で表情が見えない。

そっと近ずき小さな小さな手を握った。
モチモチとしたケガれのない皮膚。
けがれのない小さなかわいい手。

親を亡くし、顔に傷を負い、これからその悪が悪を呼び
この新鮮で愛おしいきれいな手で汚いものを掴んでいくかもしれない。
汚れていく。。。

「空美。ごめんな。ごめんな。」

重たい涙が、ねばい涙が、やりきれない涙が。

すると空美が目をあけてこちらを見ていた。。。
「空美、聞こえるか?
ごめんな。何も守れなかった。ごめんな。
どうか、いつの日か大きな愛に巡り合い
幸せになって欲しい。こんな俺の頼みだけど聞いてくれるか。
何もしてやれなかったけど空美ならきっとできる。きっと。きっと。」

薄く開いた瞳から溢れんばかりと涙がこばれている。
その涙が語る声は聞こえない。

言葉にできない憤り。俺も重たい涙で返すことしかできなかった。

「いきましょう。あまり長居はできません。」

そう言ってベットが動き、空美から離れていく。

「許してくれ。負けないでくれ。人生はこんなにもこんなにも
くそみたいなものだけど、きっとどこかに愛がある。俺みたいな人生を送らないでくれ。
俺みたいに悪に負けないでくれ。」

見えなくなるまで、空美に訴えた。

病院をでると、介護用のバンが止まっていた。

乗り込み出発した。

俺を追い続けた悪は
無意識に自分を偽り
計り知れない犠牲の上に
がらくたな理屈で城を立て
喜んでいる

たまらなく悲しく憎い記憶の傷口からだらだらと血が流れてゆく。

腐敗した身体と
脈を打つ鼓動

愛のために人を殺すのか
人を殺すために愛があるのか

愛が人を殺すのか
それとも悪意が人を殺すのか

真実は誰にもわからず
矛盾は全て飲み込まれていく

ごまかし名付けた正義と言う心の黒い渦へ飲まれて
激烈な情熱に変わった。

終わる命に鬼火が燃える。

悪に追われて走り続けてきた道。
その先に待つのは
本当に正しいものなのかその答えは既に黒い渦の中

拳銃を手に取り、決意を固めていると、ふと自分の腕に目が言った。
注射針を刺した跡がいくつもあった。

ただ、看護婦がさし間違えた可能性は十分にあるけれど
目が覚めた時には明らかに違う体。
大やけどをしている背中の痛みも。
飛びそうだった意識も異常なほどにはっきりしている。
もう立てそうだ。歩ごけそうだ。
妙な快感も興奮も増すばかり。

大きなビルの前に車が止まった。

北川がドアを開けた時俺は立っていた。

男は少し驚いたような顔を見せたが

「どうぞ」
そう言った。
「おかしいと思わないか?」
「何がですか?」
「さっきまで死にそうだった俺が今立ってるんだぞ。
そして覚醒しているような感覚。」
「それは、復讐への意識と興奮、それと今から人殺しをする恐怖
全ての苦痛や痛みをもみ消しているのです。
脳はせっかちです。向けた意識以外はすべてのものを無視します。
その意識が恐怖が強ければ強いほど。さあ行きましょう。」

そう言われ俺は大きな入口を自らの足で通りエレべーターの前に。
「これが社長室のセキュリティシステムの暗証番号です。これで部屋は空きます。
私は部屋までは一緒に行けません。エレベーターを降りたら左へまっすぐつきあたりの部屋に大井がいます。」
そう言ってメモした紙きれをてにとった。

そしてエレベーターに乗った。彼がおした階は25階。

エレベーターが動き出した瞬間俺は北川の頭に拳銃を付けた。
「なんのつもりですか?」
俺は腕を見せた。
「針を刺した複数の跡。異常な興奮と回復。俺はもうすでに助からないはずだったのに、今こうして立っていられている。お前は俺を使って大井の息子を殺す。№2になったというあんたの友人と組みお前は大井を消したい。あんたらでこの会社から大井一族を排除し、乗っ取りたい。
いや、違うな。№2になった友人というのも、お前が降格したのも嘘だ。」
そういって俺は北川のポケットに手を入れ、名刺を取り出した。

「副社長か。。。大井の息子が死ねばごくごく普通にお前が社長だな。
そして俺を使うためにヤクを打ちまくった。」

「そうだ。そうだ。でも俺はあいつを消したいだけだ!あの非道な一族は滅びるべきだ。
ただそう思っているだけだ!桜さん達をやったのはあいつだ!俺は何も関与していない!
だから拳銃をおろしてくれ!ちゃんとここまで連れてきてあげたじゃないか」

「大井の息子をとめられただろ。側近ならあらゆる手を使って阻止したと言ってたよな」
そう言って。。。
「ばーーん!!」

僕は何の迷いもなく引き金を引き、北川の頭をぶち抜いた。
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