僕は悪にでもなる
空美
そして時がたち

制服をはおった少女が今日もベンチに座り空を眺めている。
透き通るような白い肌と清澄で大きな瞳。
容姿端麗な横顔から見える美しい少女はどこかから伝わる悲しさ
と儚さが麗しさを増している。

満面に咲く桜に囲まれて、優しく吹き流れる風。
少女の潤いしい髪がなびき、やけどの跡が見えた。

そんな少女を見ているのはあの時の無言の子供。
大井の息子の娘だった。

公園の入り口からずっと悲しそうに見ている。

大井の娘が見ている少女は空美。

この頃空美は16歳。高校の入学式帰りに桜公園に立ち寄っていた。

大井の娘は空美に少しずつ近づいていく。

空を眺める清澄な瞳が歩いてくる大井の娘をとらえた。
二人は無言のまま目を合わせ、互いに何かを感じ取っている。

「こんにちは」
「こんにちは」
先に声をかけたのは大井の娘だった。

「空美さんですか」
「そうよ。」
返す声は美しく気高い声でもどこか優しさが伝わる。
「私は大井の娘です。」
「そう」
心の底からはじきとばそうになった怒りと憎しみを笑顔に変えて
にっこりと言葉を返す空美。
強さと優しさをあおって凛とした態度でむかえる空美。
「横にどうぞ。」
空美は続けて言葉をかけた。

「私、あの日。」
言葉をつまらせる大井の娘。

「私、あなたの父を恨んでないとは言えないわ。だってここで私の大切なものを焼き尽くされたのだから。でもね。その恨みに負けないようにしっかりと生きてきたの。
この大きな空の下で流れる人生はつらく厳しい、それなのに人はもろい。
その上にたって笑って生きていく強さを持たなくてはならない。
悪を断ち切り、愛をつなぐ。
これが父の遺訓。
命にかえて私を守ってくれた。命にかえて愛してくれた。そして誰よりも幸せを願ってくれた。私が強くいき、いつか必ずこの恨みを超える大きな愛に出会い幸せになることが
父へのゆいつの恩返しだから。私は絶対に負けない。」

空美は一気に言葉を走らせた。

言葉にできないものが込み上げて、何も言えない大井の娘。

「大丈夫よ。あなたに恨みはないわ。ここに来てくれたのは何か理由があるんでしょ。」
優しく大井の娘の背中をおした。

「私の父は、あの日、確かに目の前であなたの父に殺された。
怖くて怖くてしょうがなかったけど
幼いながら涙し、私を見つめるあの人の目からは何故か優しさが伝わったの。
私にかけてくれた言葉。
父に訴える悲しい言葉。
悪人には見えなかった。
そして少しずつ母から話を聞いたの。
父がしたこと。
あなたの父の人生。
あなたや、直樹さん、虹美さん、雪美さん、かずみさんも。
私は母から教わるたびに
あの日あなたの父が訴える言葉の意味が深く胸にしみてきたの。

そしてあの日生を終えたあなたの父があの場所に残した花の種。

幸せという種を植えて愛情と言う水をやりいつか花を咲かせる。
その花はまた誰かの勇気となりまた愛情と言う水をもらいさらに花は育つ。
やがて花は種を残し誰かに渡る。

そう言っていた。

その種をずっと私はもっていたの。
いつかここに来てあの人に返せる日まで。

そしてやっとここにこれたの。」

空美は思わず清澄で大きな瞳に涙をためて優しい光を放つ。

「そう。ありがとう。」

「うん。でも私このくらいしかできないから。
あなた達が感じ背負う苦しみや悲しみは私には到底想像すらもできない。
何もできない。」
大井の娘も涙をため光を放ち、
空美の涙の光と重なり輝きあった。














そしてさらに時がたった。

隆盛に咲き揺れる桜達
見守る逝ったものたちの遺影
優愛抱いた人々の間にまっすぐと通るバージンロード。

その中に現れた二人。
白いドレスをまといあざやかに輝いて、泣きそうに笑顔を見せる空美
着なれないタキシードをまとい込み上げる想いとわずかな寂しさを
胸に空美の手を握る直樹。

二人はゆっくりと歩き出す。

深い深い歴史の上を噛みしめるように踏みしめて歩く。

空美の心が鳴る

あれからどれくらいたったかな。幸一。
つらい時は空を見上げた。
恨みに苦しんだ時にはあなたを心に宿らせた。

ずっと今日まで私の心の中で支えてくれた。
ありがとう。
見つけたのよ。幸せを

約束したとおりあなたと一緒に
ここに来られたよ。

少しは恩返しできたかな
今この幸せをあなたに伝えたい。

直樹の心が鳴る

幸一。俺嬉しいのかな。さみしいのかな。
でも今俺達の夢がかなったんだよ。
絶えなかった悪は今一欠けらもない
ずっと俺達が目指したものがここに。
お前が俺の約束を守ってくれた。
だから俺も負けずに空美をここまで連れてこれた。
今この幸せをお前に伝えたい。

今空美が旅立つんだよ。あの空美が。あの歴史を超えて。
見てるか。幸一。


直樹の腕にからませて歩く空美がついに今新たな愛へと引きつながれる。
直樹は寂しさを隠し、空美を送る。
わずかな寂しさの下から喜びが込み上げた。

前へ進む空美の後ろ姿はあまりにも美しくそして強く、悲しい歴史の上を歩いている。

直樹は涙を滲ませて優しく見送っている。

語りつくせない悪の歴史を超えるように
空美は舞台に足を踏みいれ、てっぺんに登った。

正面に立つ空美。
過去を超えて今大きな愛の下に。
桜達が祝福し
人々が涙する美しさ。
大きな悲しみと苦しみを超えて立つ美しさはあまりにも誇らしくきれいだ。

神父が誓いをたて、
誓いのキスを交わし
指輪がはめられた。




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