アロマティック
「みのり……」

「今さらこんなことしないで。わたしたちはとっくに終ってる」

 身を守るように、みのりは自分を抱き締める。

「終ってない。勝手に終わらせたのはみのりだろ。ぼくのなかでは終ってない」

「どのツラ下げてそんなこといえるの!?」

 沸き上がってくる怒りに任せてみのりが叫ぶ。

「謝るチャンスをくれることなく消えたのは、君のほうだ」

「やっとの思いで会いに行って、あんなもの見せられて……普通にしていられるとでも?」

 過去の悲しみに捕らわれ、声が掠れる。
 痛みを堪え、それでも会いたくて、やっとの思いで会いに行った。
 そこで見たものは、絶対にあり得ないと思っていた裏切りの光景。

 胸の奧にしまい込んだ過去の記憶。おぼろげな輪郭だったものがはっきりとした形に変えて戻ってくる。鮮明になろうとした瞬間、頭がそれを拒絶した。

「あんな場面を見せられて、許せるわけないじゃない!」

「………」

 全身で拒絶の叫びをあげるみのりに、言葉を失った凌は、突き刺さるような鋭い視線を感じて、いまこの場にいるのが、みのりと自分だけではなかったことに改めて思い知らされる。
 ここは自分の楽屋ではなく、ドラマの挨拶の為に来た、Earthのスタジオ。
 さきほどまでの歓迎ムードは跡形もなく消え、気に入らないといった感情を隠しもしない5人の視線に晒された凌は、不利な立場に追いやられた。
< 173 / 318 >

この作品をシェア

pagetop