アロマティック
 みのりの胸は、あの頃に感じた痛みとは違う痛みに締め付けられた。全てを失った悲しみに押し潰されそうな気持ちを抱え、涙を堪えながら闇雲に廊下を走った。

「みのり!」

 すぐさま永遠があとを追う。長い廊下を走るみのりを、全速力で追いかけた。手を伸ばし、前を走る彼女の手を掴む。
 ぐいっと手を引かれたみのりの足が止まる。振り向くと、息を乱した永遠が、険しい表情を浮かべてこちらを見ていた。

「離して!」

 永遠は、目にいっぱいの涙を浮かべて見返してくるみのりに、胸が締め付けられた。
 このまま腕を離せば、みのりは2度と俺と会おうとしないだろう。このまま手を離せば、再び心の傷が開いた彼女が、何年もその傷に苦しむことになる。
 そうさせてたまるか。
 永遠は素早く辺りを見渡し、みのりの手をしっかりと掴んだまま、近くのドアを開けた。室内には埃を被った小道具や、機材か乱雑に置かれていた。どうやら物置として使われている場所のようだ。埃の状態を見ると、出入りが少ないのか、最近付いたような新しい足跡はなかった。永遠はそこへみのりを連れ込んだ。
 彼女が逃げてしまわないように、その華奢な両肩に手を置いて向き合う。今にもこぼれ落ちそうな涙を堪えるみのりの姿に、喉の奥が締め付けられた。

「……大丈夫か?」

「………」

 みのりは口を開くことができなかった。

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