アロマティック
 いつもと違う自分に、ちょっと気持ちが変わったのか、ワクワクしてきた。
 異性とはなるべく関わることを避けてきたし、目立たないようにお化粧も最低限のことしかしなかったけど、これを機に、もう少し自分を磨く努力をした方がいいのかな。
 改めて自分の唇に視線を移した。

 キスしたくなる唇。
 キスしても落ちない口紅。

 まつげを下げ、近づく永遠の唇。

「ああっもう!」

 またもや永遠とキスしているところを妄想して、慌てて首を振る。

 そんな展開になるわけない。
 いつもよりちょっと雰囲気の違う唇になっただけ。

 よし、あのわちゃわちゃグループに弄られても動じないわよ!
 こぶしを握りしめ、大きく深呼吸をして覚悟を決める。気合いを入れたみのりは、化粧室をあとにした。

「みのり」

 その声は化粧室を出てすぐ、背中にかかった。つかの間その声に心臓を鷲掴みにされた気持ちに陥る。
 油断した。
 この声は、凌だ。
 まさか、こんなところで鉢合わせることになるなんて。
 強くまぶたを閉じ心を落ち着かせるために、ゆっくり息を吐いた。対峙する覚悟を決め、沈黙のまま呼びかけられた方向へ体ごと向き直る。

「………」

「みのり、もう一度ちゃんと話しがしたいんだ」

 そういって両手を広げ、整った顔を苦し気に歪める姿からは、必死な思いが伝わってくるが。
< 203 / 318 >

この作品をシェア

pagetop