アロマティック
 みのりは椅子に座り込んだまま、自分の気持ちの変化に唖然とした。

 朝陽は、そんなみのりをずっと見ていた。
 聖と共に戻ってきてから、少しも笑わないみのりを。
 気丈な彼女が元気をなくしているのは、火を見るより明らかだ。
 口紅を塗るとトイレに向かってなにがあった?
 聖だけではフォローしきれないとなると、凌か。

「なにがあった?」

 みのりが顔をあげると、心のうちまで見透かすような鋭い眼差しとぶつかった。朝陽のただならぬ様子に、皆の視線が集まる。

 だめ。
 これ以上、皆に心配をかけちゃいけない。
 焦ったみのりはとっさに唇を指さして、笑顔を作った。

「なにって、朝陽くんがくれた口紅塗ってきたんだよ」

 朝陽は偽物の笑顔だと思った。

「似合うかな?」

 必死に話しをはぐらかそうと、少し唇を突きだしてみせるみのりの顔に視線が集まる。

「イイ!」

 改めてみのりの唇を見た聖が興奮する。

「女の子らしくていいね」

 にこっと天使の微笑みを浮かべた天音が褒めてくれる。

「似合ってる似合ってる」

 空が少し照れたように微笑えむ。
 朝陽は感想を待つみのりを、もどかしげに見つめた。

< 207 / 318 >

この作品をシェア

pagetop