アロマティック
 となりに座るみのりは、朝陽からの口紅の感想を待っている。朝陽はテーブルに片肘をつき、その手のひらに頭を乗せて口を開いた。

「してみるか?」

「はい?」

 朝陽の唐突な言葉に、みのりは戸惑う。

「キス」

 寛いだ様子のまま、朝陽は顔を近づけるように身を乗り出した。澄んだダークブラウンの瞳がみのりを見つめる。どこかで吹き出す音、賑やかに椅子がひっくり返る音がした。

「キス……?」

 みのりは、朝陽のいったことを繰り返す。

「雰囲気が必要なら、壁ドンでも床ドンでもやるけど」

 どんな要望にも応えられるぜ、とキメ顔で迫る。

「朝陽くん……」

 さあ、みのりはなんて答える?

「いつもそうやって女の子口説いてるの?」

「……は?」

 今度は朝陽が戸惑う番だった。

「口紅あげて、キスしてやるーって、口説いてるんでしょ!」

「待て。違う。これは、お前だから」

 慌てて弁解しながら、朝陽は心のなかで首をかしげた。
 どこが失敗だったんだ?
 普通なら俺の魅力に魅入られてうっとりするだろ。
 前に、ちょっとそこに座りなさいよ! って言われたときと同じく一本とられた感はなんなんだ?
 みのりの気持ちを動かすつもりが、逆に翻弄されてどうするんだ?
 疑問ばかり浮かび、腑に落ちない顔をしている朝陽を見て、他の3人が笑い転げる。
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