アロマティック
 目を離したら、何をされるかわからない。
 みのりは凌をじっと見据えたまま、トートバックの中を探った。

「凌だって明日も撮影でしょ? 用が済んだら早く帰って。要件はなに?」

「追い出すのか? 冷たいな」

「勝手に家に入ってくることはどうなの? そんな人を歓迎する気はありません」

 恐怖で足が震えている。怖がっていることが伝わったら相手の思うつぼだ。せめて、言葉だけでもいつも通り振るまわなければ。とにかく声が震えないよう気をつけた。
 こういうときに限って、トートバックのなかのスマホが見つからない。凌を見上げ、動向を探りながら懸命にスマホを探す。

「以前みたいにみのりと過ごしたい。元の関係に戻りたいんだ」

「無理よ」

「そう頭ごなしに否定しないで、少しは考えてほしい。どうしてチャンスをくれないんだ?」

「何度もいってるはずでしょ」

 ちょうどそのとき、トートバックを探っていた手が、冷たく堅い長方形のものを掴んだ。

「わたしたちは終わっ―――」

「やめろ!」

 突然の大声に身がすくんだ。心臓が壊れそうなほど早く脈動し、いいかけた言葉も頭から飛んで、ただただ凌を見上げた。呼吸が荒いせいか凌の肩は上下し、眉間を寄せ唇が引き締められている強張った表情からは、苛立ちが見てとれる。
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