アロマティック
「どうしたんだ?」

「ぼくのせいです」

 永遠が顔をあげ、

「凌、おま――」

「もうケンカはやめて」

 目を合わせたふたりがまたもや不穏な雰囲気になる前に、みのりは止めた。反省の色を見せる凌の頬には、永遠から食らった拳のあとが痛々しく残っている。

「もうケンカはお腹いっぱい!」

 これ以上、ケンカになったら今度こそ黙ってないわよ、という気持ちを込めふたりを睨んだ。永遠はまだなにかいいたそうにしている。

「凌も、充分痛い思いしてるよ」

 永遠もあらためて凌を見る。殴った場所が赤く、少し腫れている。明日になったら痣になるのは間違いない。

「………殴って、悪かったな」

 同じ、芸能界で仕事をしているからこそ、顔は大事だというのもわかっている。だが、みのりに覆い被さる凌の後ろ姿をみたとき、沸き上がった怒りが押さえられなかった。

「いえ。うちへ帰って早く腫れを冷やします。少しでも明日の仕事に影響が出ないようにしないと」

 凌が立ち上がり、みのりと永遠の視線がその動きを追う。
 みのりを見おろす凌の表情が一瞬辛そうに歪み、目を閉じ開けたときには穏やかな表情に戻っていた。

「あとは永遠さんに任せました」

 最後にどこか寂しげな笑顔を浮かべ、凌は去っていった。
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