アロマティック
「そのまま明日まで、しっかり寝るんだぞ」

「え……?」

 立ち上がる永遠が、なにをいったのかわからなかったように、ベッドに横になったままのみのりが、慌てて見上げる。

「落ち着いたみたいだから、俺も帰るよ」

 永遠は立ち去ろうとしている。
 明日も仕事なのだ。帰るのは当たり前だとわかっていても、みのりは帰ってほしくなかった。
 部屋にひとり取り残されるのが心細かった。永遠の存在を近くに感じていたかった。
 いまひとりにしてほしくない。

「明日は本当に無理するな。さすがにメンバーのハーブティーは作れないけど、ひとりでもなんとかやるから。それじゃおやすみ」

 落ち着きをなくしたようにさっさと帰ろうとする永遠を、ベッドから出たみのりが追いかける。
 玄関のドアを開けようとする永遠のシャツの端を引っ張って掴まえた。

「………」

 永遠は足を止めたが、ドアヘ向かったまま動くことも口を開くこともしない。みのりがどうするつもりなのか、次の行動を待っているのだ。
 みのりは勇気を出して、

「帰らないで」

 掴んだシャツを握りしめた。
 永遠の体に力が強張るのがわかった。それでも、永遠はなにもいってくれない。
 不安は消え去ったけれど、いま永遠が行ってしまったら寂しさは消えない。
 帰ってほしくなかった。心の奥まで見透すような真っ直ぐな瞳で、いつまでも見つめてほしかった。大きくて長い指で優しく、ときに強く触れてほしかった。引き締まった胸のなかに、いつまでも抱いていてほしかった。永遠の匂いとぬくもりを感じたかった。
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