アロマティック
 見てくれが普通じゃない。
 一瞬、本から手を離すという選択肢も頭をよぎったが、せっかく探して見つけた本だ。手に入れられるものをあきらめて、変な人物に渡すわけにはいかない。
 みのりは心にカツを入れた。

「あの?」

 わたしが先に見つけたんですけど? 口調に少しの非難をこめる。

「……ゆずってくれないかな?」

 返ってきたのは想像していたのより若い声。特徴的な色気のある低音ボイスが、マフラーの向こうから少しこもって届いた。たかが声なのに、耳に届いた瞬間、みぞおちのあたりが熱くなって鳥肌が立つ。
 気をそらされたみのりの手から、本が引き抜かれそうになる。

「ありがとう」

 嬉しそうな声。

「あっちょっと待って!!」

 そうしている間も指の間を滑る本の表紙。指の間から抜けるぎりぎり手前で、指先に力を入れて掴んだ。
 多方面からかかる力に、本が悲鳴をあげてぐにゃりと歪む。

「わたしに必要な本なんです」

 このまま渡すわけにはいかない。
 みのりは自分の気持ちがサングラス越しでも相手に伝わるように、真剣な表情で訴えた。

「俺も」

 どうやら相手も諦める気はなさそうだ。
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