恋はしょうがない。〜職員室の新婚生活〜



そう言って説得を図ったが、それでも佳音は背を向けて歩き始めた。
その態度に、古庄は眉根を寄せて意を決すると、佳音に走り寄りその手を取った。


突然、手を握られて、佳音の心臓が止まる。

何も言葉を返せず、古庄を見上げたが、古庄は佳音を見つめ返すことはなく、ただ手を握ったまま前を向いて歩き始めた。



自分の手を包んでくれている古庄の手のひらの温かさに、佳音は心が震えた。
その震えは次第に全身を包み込んで、朝の非常階段で、必死で押し込めた色んな思いが、今にも弾け出してきそうだった。


放課直後の校舎の中、まだ大勢いる生徒たちの中を縫って、古庄は佳音の手を引いて歩く。その光景は、否が応でも皆の目に留まった。


佳音の胸はドキドキと大きく鼓動を打ち始めたが、切ないときめきとは裏腹に、古庄の目的は人目のないところで話をするのではなかった。

生徒たちが大勢つめかける職員室に入ると手を離し、佳音の背中を押して、自分の席ではないところに連れて行った。


「石井先生。ちょっと頼みたいことが…」


今終礼から戻ってきたばかりの石井は、背中に声をかけられて反射的に振り向く。

そこにいる古庄と佳音を見て“何か”を気取ったが、それは口には出さなかった。



< 282 / 343 >

この作品をシェア

pagetop