砂の鎖
「亜澄!」


校門を潜り抜け、駐輪場までの間は自転車から降りる事を義務付けられている。
校庭を通り過ぎようとしたところで、爽やかな明るい声が私を引き留めた。
傍にいた人達の注目を浴びてしまい、無視して通り過ぎるのもはばかられて私は足を止めた。


「……真人」


陸上部が朝練をしている事に気が付いていた私は、少し隠れるようにしていた筈なのに……


謹慎前の様に、真人がいつもの様に太陽の様な曇りない笑顔で私に向かって駆けてくる。

真人は少年の様な人だ。

真人は背も高い。
スプリンターらしく細くはあるが、ジャージから延びる四肢は鍛えられた筋肉がしっかりとついているし、決して童顔でもない。
バカばかりの底辺高校の同級生たちよりはずっと大人びた人だ。

だから私がそう思うのは、私にとっての真人が小学生の時のイメージが強いからかもしれない。


変わらない真っ直ぐな真人の視線に、私もやはり以前と変わらず眩しく感じ目を細め、そして以前も感じていた居心地の悪さは増していた。


「亜澄。今日の昼……」

「麻紀と食べるから」

「そっか。じゃあ帰りは? 昨日買い物行けなかったんだろ? 付き合うから部活終わるの待っててよ」


余りにも明るい声で今まで通りの事をいう真人に、面喰った。


「真人……」

「亜澄」


真人は私の腕を掴んで、それから私の身体を引き寄せた。


「話がしたいって言ったよな」


そして耳元で小さく、低い声でそう言って。
少しだけひやりと、足元をすくわれた気がした。

真人がそんな声を出す人だなんて、思ったことがなかった。

少年の様な無邪気さに隠した真人の低い声に気が付かされた……
私は、今まで真人を男として見たことは無かったんだ……


その時初めてそう気が付いた。
< 126 / 186 >

この作品をシェア

pagetop