砂の鎖
ママは、私が小学四年生になるのと同時にこの町に店を持った。
小さな町の、とても小さな飲み屋街のビルの一階の小さな店だ。

今思えば、競争が激しい東京で、年齢を重ねたママがずっと水商売を続けていくのは難しかったという側面もあったのだろう。
小さな子供がいて、頼る親戚がいない彼女は自由になる時間が限られていて、若い頃の様に第一線で働くことは厳しくなっていたに違いない。

けれどその決断は、あのママなりの私への気遣いもあったのだと思う。


引っ越した先はとても小さくてぼろい戸建ての住宅だった。
LDKと言うには狭すぎる八畳の部屋に四畳半の和室。それに六畳間と四畳半が二部屋。
猫の額ほどではあるけれど庭付きの戸建て。
それでも東京のアパートよりもずっと広かった。

夜毎艶やかなドレスに身を包むママはそんな小さな家の前で『私たちのお城だ』と言って誇らしげに笑っていた。

東京の1ルームの小さなアパートで暮らしていた頃、ママはお酒の匂いをさせて朝帰りをすることがしょっちゅうだった。
私が朝起きる頃帰ってきていたママ。
本当に小さい頃は店の託児所に預けられていたらしい。
けれど私は託児所が嫌いだったらしく、物心ついた時には、夜はいつも一人だった。

お酒の匂いをさせて朝帰りは変わらなかったけれどこの町に来てからは、一緒に夕飯を食べるようになっていた。
家の食卓で、ではなく、飲み屋街にある店の中で、ではあったけれど。

それが、拓真が転がり込んでくるまで、ずっと続いていた二人きりの生活だった……
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