LOVE SICK
「失礼します。お茶お持ちしました」


私の声じゃなくて、山内さんが部屋に入って来るのを察して手を離したのだろう。
彼女の声を聞いた私は慌てて意味も無く髪を撫でつけて出入り口に目を向けた。


「いや。本当に挨拶に寄っただけだからお構いなく。時間無いんだ」

「そうなんですか?」


慌てたのは私だけで、祐さんはもう穏やかな笑顔に戻っていた。
笑顔で山内さんに答える彼はもう仕事の顔だ。

さっきまでとはまるで違う。


「じゃあ、川井さん。さっきの件よろしくね」


けれど改めて振り向いて微笑んだ彼は優し気に見えるけれど、その瞳はまるで笑ってなんかいない。
有無を言わす気なんて無いなんて事は簡単に分かる。


「……はい」


踵を返した彼に対して、私はただ自分の爪先を見つめる事しかできなかった。


「ありがとうございました」


けれどすぐに山内さんの声に我に返った。
山内さんは綺麗にお辞儀をしながらすでにエントランスで柏原さんを見送っている。

慌てて彼女の隣に駆け寄った。


「……ありがとう、ございました……」


心にも無い、今迄の会話からすればトンチンカンな事を言いながら、それでも私は頭を下げる。

彼は私の担当企業の責任者であって。
そんな人を放心したまま見送る訳にはいかないから……


(ズルい……)


そう思っても私の右手は無意識に、彼に握られていた左腕にそっと触れていて。
その熱を思い出して、ジワリと痛みが胸に拡がった。


もう、逃げられないんだと思った。
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