恋するオトコのクリスマス
博樹は今年の春にこのO市にやって来た。

三月までは東京で外科医をしていたが、O市に来てからは療育教室も備えた“みらいクリニック”で、児童精神科医として勤めている。

彼の父は都内にある総合病院の二代目院長だ。博樹の外科医としての腕はたしかで、若いながらそこそこの名声もあったため、三代目院長間違いなしと言われていた。
その反面、私生活はお世辞にも褒められたものではなく……。

彼は長い間、実の母に捨てられたと思い込んでいた。だが三十歳になって、ようやく真実が逆だったことを知る。

博樹は母を捜しだした。

立派な医師になった息子の姿に母は喜んだが……実を伴わない自らの姿が恥ずかしく、母の顔を正面から見ることができなかった。 

そのとき、彼は本物の“立派な医師”になろうと覚悟を決めた。

すべてを捨てて、ゼロからのスタート。
三十歳を過ぎて、思いきった人生の方向変換だろう。

そんなとき、生まれ変わった彼がどうしようもなく惹かれた女性――それが、奈々子だった。

彼女は同じクリニックでパートの医療事務をしていた。国立大学に入学し、卒業後は地元大手企業で重役秘書をしていたという。ところが、入社数年でその企業が倒産……。

奈々子は華やかで人目を引く容姿をしている。
だが、言動はうぶな女子高生のようで、男の影は一切見当たらない。
そんな彼女に、昔取った杵柄……というわけではないが、プレイボーイさながらに声をかけても、なかなか口説くことはできなかった。
結局、半年待って……身体の関係に持ち込んでから、ようやく交際をOKしてもらったのだ。

すでに求婚は済ませてあり、博樹の母や妹には会わせた。あとは奈々子の実家に挨拶に行き、正式な日取りを決めるだけだ。

自分の未来に、こんなにも幸福に満たされた日々が用意されていたとは――。
ほんの一年前は想像もできなかった。

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