愛してるの代わりに



雛子の手元の資料にも、しっかりと広報課長の説明したことが記されてある。

どうやら慎吾が市の観光大使になるのは間違いないようだ。

広報課長の後を中塚が継いで説明する。

「このプロジェクトに関しては、まだ役所内でも箝口令が敷かれていて、数える程しかまだ知られていないんだ。うちの課も、課長と僕以外の人間にはまだ話していないことだから、崎坂さんもこの件に関しては口外無用でお願いしたいんだ」



「でも、たぬ郎の仕事はなぜ私が?」

雛子が一番疑問に思っていたこと。

『たぬ郎』とは、市のイメージアップキャラクターである。

その昔、藩主であったお殿様が敵方の追っ手を逃れ、山に潜んでいたときに、お殿様に親切にしてもらった山のたぬきがお殿様に化け、追っ手のおとりとなってピンチを救った。

……というたぬき伝説から作られたたぬきのキャラクターで、市のイベントにも着ぐるみが登場することもある。

そんなたぬ郎の着ぐるみは少し小さいため、普段は広報課の小柄な女性職員が入っているのだが、彼女が入れないときには同じくらいの背丈の職員がその仕事を受けるときもある。

雛子も小柄な為白羽の矢があたり、時々たぬ郎になる業務を引き受けているのだ。

「そこまで極秘のプロジェクトなら、課外の私ではなく課内で進めたほうが良いのでは?」

「崎坂さんの言うとおり、もちろんそのつもりだったんだけどね、『12月24日は絶対定時で帰りますから!』って宣言されてるんだよ、彼女に」

そういえばあの職員は恋愛第一の職員だったなあ、と雛子は彼女の顔を思い浮かべる。

確かたぬ郎を引き受けたのも、土日のイベントに出た代わりの代休がもらえることがあるからだ、と言っていた気がする。

「今のカレの公休日が平日なんでぇ、そのほうがデートできてラッキーなんです」

と、弾む声で言われたことがあったはず。
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