追憶のエデン
「ねー。未羽はぁ、彼氏はぁ、いるのー?」


呂律が怪しくなって来た頃、グレンが唐突に今まで触れて来なった話題を口にし、一瞬でふわふわとした世界から現実に引き戻された気がした。


「…いるよ。でも、“いた”っていた方が、いい、の…かな?」


うやむやなままこの世界に連れて来られ、喧嘩したままだった渉さんの事を思い出す。
そして様子が変わったあたしに気付き、グレンも真剣な顔付きになった。


「なんで、過去系?
未羽の彼氏ってもしかして、ルキフェル様…だったりする?
過去形にするってことは…


――だから泣いて…」


「ルキフェルじゃないよ。
いつも優しくて、すごく頼りになって、かっこよくて本当に素敵な人。
……ただ、色々あって、あたしの気持ちも、彼の気持ちも良く分かんなくなっちゃって…
一方的に喧嘩、しちゃったままなんだ……。」


本当に大好きだった。彼と一緒に居れば幸せで、いつかは彼と――なんて考えた事もあった。
でも彼の愛情はイヴに向かっていたんだと気付いた時、何かが自分の中で真っ黒に塗り潰され、ガラガラと壊れていく様な音がした。だから今もずっと考えない様に目を背けていた事だった。
視線をテーブルに向けたまま、渉さんの事を考えていると


「そっか……。未羽も色々辛い思いでいるんだな。」


と言い頭を優しく撫でてくれた。
顔を上げると優しげに微笑むグレンがそこにはいた。


「ありがとう。グレンのお蔭で、もう大丈夫だから。
ねぇ、グレンは好きな人、いるの?」



「――いるよ。
俺は、あの人が望むなら何だってするよ。
――そう…それがどんなに俺にとって辛い事だとしても……」



真剣な表情。ピジョンブラッドの瞳に、グレンはきっとその人を映しているんだと思った。
そしてあの言葉は、ここにはいないその人に向けて言われた言葉なんだと思った。
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