いつだって、私は。
…ただの沈黙が続いていた。
絞ったせいでしわくちゃになったブラウスの第二ボタンを指先で弄ぶ私と、斜め後ろで携帯に目を落とす男の子。
視線が交わる訳もなくて、ただ落ちる雨の音だけが辺りに響いていた、そんな時のことだった。
「…あの、お名前とか聞いてもいいですか」
透明感のある、低い声が空気を震わせながら耳の奥に届く。
長めの栗色の髪をふわりと舞わせて振り返った私の視線と、男の子の視線が。パチッとぶつかる。
瞬間、時間が止まったような錯覚。
私と男の子と、落ちる雨だけが時間を持っていて。それ以外は世界の脇役のような、感覚。
「…え、あ、はい」
絞り出した声は質問の答えにはなっていない。
男の子はふっ、と笑って。
「すいません、ひとに聞くときは自分からですよね。
俺、赤葦です。赤葦優人(あかあし ゆうと)。多分同じ高校の2年」
はにかんだ男の子、赤葦さん。
__赤葦優人。あかあし、さん。
ふわり、すとん。心の中にスって入ってきた名前に心がぽってあったかくなった。