シーサイド・ティアーズ~潮風は初恋を乗せて~
「多分、すぐ済みますので、申し訳ございませんが、ここでお待ちくださいね」
 里子に聞かれたときのことを思い、念のために敬語で言う私。
「了解いたしました。どうぞ、ごゆっくり」
 翔吾君はそう言うと、軽く手を振ってくれた。
 笑顔を返すと、私はインターホンを押す。
 里子はすぐに出てきてくれた。
 車のほうに里子の視線は移ったようだけど、ちょっと距離もあるから、多分、翔吾君の姿までは確認できなかったように思う。
 私たちは、車に向かって会釈をしてから、家の中へと入った。

「はい、浴衣。サイズ合うかなぁ。試してみてよ」
 紺色の浴衣を渡しながら、里子は言う。
 私は「ありがとう」と言うと、早速、着付けを始めた。
「着付け、できるのかぁ。さっすがぁ」
 妙に感心してくれている様子の里子。
 着付けを終えると、すぐに「似合う、似合う! 私より似合ってるよ!」と言ってくれた。
「そんなことないよ~。里子のほうが似合うはず」
「そんなことあるよ~。雫のほうが似合ってるって」
「もう~、同じようなこと言って」
「ほんとだってば」
 ケラケラと笑う里子。
「ああ、そうだった。お外で彼が待ってるんだったね。急いで行ってあげないと! 幸運を祈る!」
 里子はビシッと敬礼しながら言った。
「まさか、あの雫が自ら告白するとはね~。つくづく、よくやった、グッジョブだよ」
「そんなに褒められるほど?」
「だって、ショウ君の一件が前科としてあるでしょ」
「ちょっと~、悪事みたいに言わないでほしいな」
 くすくす笑う里子。
 いつも調子がいいんだから。
 でもなんだかんだ、いつも気遣ってくれているのは分かっているから、悪い気はしない。
「ああ、オサム君のほうは大丈夫だよ。私の友達を一人誘って、三人で夏祭りへ行くことにしたから。それで、どうにか納得してもらえたよ。まぁ、残念そうではあったけどね」
「そっかぁ、色々と面倒をかけてごめんね」
「いいっていいって。雫の恋を全力で応援してるからね!」
 私の手を取って、力強く里子は言う。
「こんなとこで、貴重な時間を奪っちゃってごめんね。だけど、私がただただ浴衣を取りに来てもらうためだけに、こんな時間のロスをさせると思う? そんなわけないのだ! ほら、これ。じゃーん」
 里子はそう言いつつ、後ろから何かを取り出し、私に見せた。
 それは、とても綺麗な真珠のネックレスのようだ。
「これ、今年の夏に備えて、買っておいたんだけど、雫にあげるよ」
「ええ~?! こんな高そうなものをもらえないって」
「いいってば! 私の肌はちょっと日焼けしてるでしょ。この真珠は、きっと白い肌の雫にこそ、よく似合うはずだと思う。もし気に入らなければ返品してくれていいから。是非、着けてみてよ」
 お言葉に甘えて、着けさせてもらうことに。
「おお~、思ったとおり、よく似合ってるじゃん! 彼とのこと、頑張ってね」
「ほんとにありがとう。色々とごめんね」
「いいっていいって。お礼の言葉は、結婚が決まってから聞かせてもらうよ」
 結婚という言葉にドキッとする私。
 うん、翔吾君となら……結婚したい。
 そう思える人だった。
「さぁ、この浴衣とネックレスで、蓮藤さんのハートをゲットだぜ。ああ、玄関に置いてある草履も忘れずに。浴衣には草履か下駄じゃないとね」
「う、うん、頑張るよ。ありがとね」
「声が小さいよ! もっと元気を出していこう! さぁ、海へいったり、夏祭りへいったり、デートのオンパレードじゃい!」
 あくまでも元気の良い里子。
 でもそのお陰で、こちらまで元気になってくる気がする。
「でも、海に誘って、オッケーもらえるのかな」
「大丈夫だってば。自信を持つんだ!」
「う、うん……ありがとう」
「いい報告を待ってるよ。頑張ってきてね! きっと結婚までいけるよ」
「あ、ありがとう。そうだといいな。で、何を根拠に?」
「直感!」
 明るく言い放つ里子。
 そのあふれんばかりの笑顔を見ていると、少し勇気も出てきた。
 頑張らないと。
「うん……」
 私はもう一度、「ありがとう」と里子に言うと、借りた浴衣とネックレスと草履を手に、翔吾君のもとへと戻った。
< 50 / 113 >

この作品をシェア

pagetop