シーサイド・ティアーズ~潮風は初恋を乗せて~

大輪の花火とともに

 いつしか、どっぷりと日が暮れていた。
 セミよりは静かに、虫が鳴いている。
 人混みは相変わらずだったけど。
 空を見上げると、星が瞬いていた。
「すっかり、日が暮れちまったな」
 翔吾君も空を見上げて言う。
「そうそう、この後、花火が上がるはずなんだ。それで、とっておきの場所があるから、そこでゆっくり見ようぜ。もうすぐ始まるから、この辺でそろそろ、出店めぐりは切り上げてもいい?」
「あ、うん。いっぱい買わせちゃって、ご……」
 ごめんね、と言いかけて、私は口をつぐむ。
 すかさず、ほっぺにキスしてくれる翔吾君。
 心臓がドクンと跳ねた。
「うん、よく踏みとどまったな。最後まで言ってたら、唇にするところだった」
「もう~、こんな人が多いところで、ダメだよ」
 笑いながら私が言うと、「雫が悪いんだろ」とおどける翔吾君。
「じゃあ、移動するぞ」
 繋ぐ手に力を込め、翔吾君は前方へ向けて歩き出した。

 たこ焼きのお店と、水風船のお店の間へ、翔吾君は足を踏み入れる。
「え? 勝手にお店の間を通っていいの?」
「いいっていいって」
 気にしない様子の翔吾君。
 大丈夫かな。
 翔吾君はいったん私の手を離すと、土手をのぼっていく。
 その先は、真っ暗な林だ。
 そして、のぼりきってから、「はい」と手を差し出す。
「え? ここ、私ものぼるの?」
「浴衣で大変そうだけど、あの場所へ行くためだから、しょうがないんだ。我慢してくれ」
 そう言って、手を伸ばす翔吾君。
 土手をのぼることには気が進まない私だったけど、こう言われてしまうと断れない。
 意を決して手を伸ばしたら、翔吾君が私の腰にも手を回して、私がのぼるのをサポートしてくれた。
 お陰で、どうにか私ものぼることができて、ホッと一息。
 ふぅ~。
「お疲れ。じゃあ、この先を抜けるぞ」
「え? 先が真っ暗だよ」
 暗闇に閉ざされた林は、私を怖気づかせる。
「大丈夫。これを用意してる」
 そう言って、バッグから懐中電灯を取り出す翔吾君。
 すごく用意周到だ……。
 そっか、その場所で花火を見るってことも、すでに計画のうちに入ってたのかも。
「さぁ、手を貸せって。こんなところではぐれると大変だから、気をつけろよ。しっかり、手を握ってるんだぞ」
 念を押す翔吾君。
 私はこくりと頷き、翔吾君に連れられて林へと入った。
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