もう一度君の笑顔を
俺の視線を感じたのか、不意に男がこちらを見て来た。


多分、年齢は30代後半と言ったところだろうか、明らかに質の良さそうなスーツに身を包んだそいつは、仕事のできる大人の男といった風情だった。


明らかに敵意の眼差しで見つめる俺に、怪訝な顔で見返して来る。



1分近くにらみ合っただろうか、男は俺から視線を外し、携帯を取り出した。


そして、会社の入り口の方を見て、


「友紀!!」

そう叫びながら、手を挙げた。


「しゅうちゃん!!」


そう返した声を聞いて俺は動けなくなる。


その声を俺が間違うはずは無い。


動けないでいる俺の視線に、俺の恋人であるはずの友紀が入って来る。


友紀はすぐ近くにいる俺に気付く事も無く男の車に駆け寄り、何か言葉を交わした後車に乗り込んだ。


そして、友紀をのせた車は、あの夜と同じ様にどこかへ走り去って行った。


後に一人残された俺は、しばらくそこを動く事が出来なかった。



どれくらいそうしていただろう、ふと我に返った俺は、友紀に誘いのメールを送ってみた。



すぐに返って来たメールにはこう書いてあった。



『ごめん!今日は親戚の家に行く事になっての!!』


震える手で、その携帯を持ち、そのメールを何度も読み返す。



親戚?さっきの男が?


親しげな二人の姿が何度も何度も頭をよぎる。



友紀が浮気なんかするはずないと彼女を信じる心をその光景が揺るがす。


もう冷静で居られなくなった俺は、前の一件と同じ事を繰り返した。


誘われた相手と適当に食事に行く。


前ので学習した俺は、今度はちょっと高級なレストランにした。


そうすれば、相手と向かい合って食べる為、不必要に接近することもないし、相手が酔ったフリをすることもない。


食事が終われば自然に帰るタイミングが出来るし、後はタクシーに押し込んで去るだけだ。



そして、友紀の傷ついた顔を見て友紀の気持ちを確認する。


最低だとは思っていても、不安で麻痺した俺はそれをやめることが出来なかった。
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