恋宿~イケメン支配人に恋して~
麦茶の入ったグラスが4つ並べられた、ガラスのテーブル。
それを挟むようにして座る両親と、私と千冬さん。その場には、何とも言えない空気が漂う。
少しの無言の空気のなか、それを打ち破ったのは千冬さんの低い声だった。
「改めまして……初めまして、群馬の方で旅館経営をしております、芦屋と申します」
座ったまま深々と挨拶をし、ジャケットの内ポケットから取り出されたのはいつも持ち歩いているのであろう名刺。
『新藤屋 支配人 芦屋千冬』と書かれたそれを受け取ると、目の前の母は目を丸くしておどろく。
「しっ……支配人!?旅館経営!?」
「そこの旅館で、今住み込みで働かせてもらってる」
「そうだったの!?」
先ほどはあんなに怒っていたのに、今では「あらまぁ」と驚きながらも、悪い反応ではなさそうな母。
けれどその隣の父は、眉間にシワを寄せたまま。
「……俺は、『彼氏を連れてくる』と聞いてはいたが、職場の偉い人を連れてくるとは聞いていないぞ」
「ちょっと、お父さん」
「えぇ、本日は理子さんの恋人としてご挨拶に伺いました」
え……?
迷いなく言い切った彼に、少し驚いてしまう。
てっきり、住み込みで働いていることに関しての挨拶が中心で、恋人としてというよりも支配人として挨拶に来たとばかり思っていた。
けど……『恋人として』って、言い切ってくれた。
嬉しさでにやけそうになる口元をこらえると、目の前では麦茶の入ったグラスが水滴をにじませる。
「……順を追って、説明してもらおうか。理子」
「……えーと、」
問いかけた父に、私は頭のなかで整理をしながらこれまでのことを説明した。
慎とは別れていて、旅行も一人で行っていたこと。
旅先で千冬さんの旅館の花瓶を壊し、その弁償として人手の足りない旅館の手伝いをしていたこと。
次第に彼に惹かれ、付き合うこととなり、会社を辞めて向こうに住むのを決めたこと。
全てを、隠すことなく。