カメラマンと山小屋はよく似合う
初めて入るロッジの中は、外見よりもずっと綺麗に整えられて。足を踏み入れてしまえば、本当に童話の世界にいるようだった。
ストーブの前に敷かれた黒いカーペットはふかふかで、高東さんが作ってくれたホットミルクは蜂蜜入りでほんのり甘い。カップを両手で握って俯く私の隣、彼はコーヒーを飲んでいた。
「親父さんたちは」
「今日の夕方、帰りました」
「そうか」
「なんで、お葬式に来てくれなかったんですか?」
「こんなむさ苦しい男が行ったら、参列者の皆様が驚くだろ」
わざと丁寧な呼び方をする彼に、私は笑おうとして失敗した。本当は、高東さんにそんな義理がないことくらい分かっていた。その日初めて会った女の、たった十分ほど同じ部屋にいただけのおばあちゃん。葬儀に参列した所で、思いを寄せる事もできないだろう。
「高東さん、」
「なんだ」
「……私のおばあちゃん、どうして死んだの?」
ぴくり。床についていた彼の右手に力がこもる。こちらに視線を向けたのが気配で分かった。
「寿命だ。受け入れろ」
「……高東さんのおじい様も、寿命だった?」
「ああ、苦しまずに逝ったよ。……あんたのばあちゃんもな」
介護士の木村さんから、その日の事は聞いていた。朝おばあちゃんを起こしに行ったら、穏やかに眠っていたそうだ。二度と目覚めることのない、永遠の、眠りに。
ここではご近所中そういう話は筒抜けで、彼もきっと何処かで聞いたのだろう。
けれど、ロッジから出てわざわざ人と話さなければ知り得ない事だ。こちらに来て日も浅く、知り合いなんていないだろうに。
気にしてくれていたのだと、そう思う。
「つぐみ」
少し驚いて顔を上げた。こんな風に、彼にちゃんと名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。
高東さんは後ろのローテーブルに手を伸ばし、それから白い封筒を私にくれた。
「明日にでも、渡しに行こうと思ってたんだ」
それを手にして、すぐに気付く。ああ、この中に入っているのは、あの写真だ。おばあちゃんと私が二人で写っている、最後の写真。
「良い顔してるぞ。お前も、ばあちゃんも」
私に開ける勇気がない事を察したのか、高東さんが私の手の中にあるそれの封を静かに開ける。小さく紙が擦れる音がして、ほろりと笑うおばあちゃんと、目が合った。
「…っ、おばあ、ちゃんっ」
思わずぐっと体を曲げて、額に写真を押し付けた。
大好きだったおばあちゃんは、ぽたぽたと落ちる私の涙を受け止めても、もうどうしたのと聞いてはくれない。つーちゃんと呼ぶあの温かい声は、もうこの世界のどこにも存在しないのだ。
分かっている事だった。頭では何度も理解した。けれど心が、ついていかない。
「おいで」
まるで幼い子どもをあやすみたいに、彼が私を引き寄せた。
ストーブの前に敷かれた黒いカーペットはふかふかで、高東さんが作ってくれたホットミルクは蜂蜜入りでほんのり甘い。カップを両手で握って俯く私の隣、彼はコーヒーを飲んでいた。
「親父さんたちは」
「今日の夕方、帰りました」
「そうか」
「なんで、お葬式に来てくれなかったんですか?」
「こんなむさ苦しい男が行ったら、参列者の皆様が驚くだろ」
わざと丁寧な呼び方をする彼に、私は笑おうとして失敗した。本当は、高東さんにそんな義理がないことくらい分かっていた。その日初めて会った女の、たった十分ほど同じ部屋にいただけのおばあちゃん。葬儀に参列した所で、思いを寄せる事もできないだろう。
「高東さん、」
「なんだ」
「……私のおばあちゃん、どうして死んだの?」
ぴくり。床についていた彼の右手に力がこもる。こちらに視線を向けたのが気配で分かった。
「寿命だ。受け入れろ」
「……高東さんのおじい様も、寿命だった?」
「ああ、苦しまずに逝ったよ。……あんたのばあちゃんもな」
介護士の木村さんから、その日の事は聞いていた。朝おばあちゃんを起こしに行ったら、穏やかに眠っていたそうだ。二度と目覚めることのない、永遠の、眠りに。
ここではご近所中そういう話は筒抜けで、彼もきっと何処かで聞いたのだろう。
けれど、ロッジから出てわざわざ人と話さなければ知り得ない事だ。こちらに来て日も浅く、知り合いなんていないだろうに。
気にしてくれていたのだと、そう思う。
「つぐみ」
少し驚いて顔を上げた。こんな風に、彼にちゃんと名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。
高東さんは後ろのローテーブルに手を伸ばし、それから白い封筒を私にくれた。
「明日にでも、渡しに行こうと思ってたんだ」
それを手にして、すぐに気付く。ああ、この中に入っているのは、あの写真だ。おばあちゃんと私が二人で写っている、最後の写真。
「良い顔してるぞ。お前も、ばあちゃんも」
私に開ける勇気がない事を察したのか、高東さんが私の手の中にあるそれの封を静かに開ける。小さく紙が擦れる音がして、ほろりと笑うおばあちゃんと、目が合った。
「…っ、おばあ、ちゃんっ」
思わずぐっと体を曲げて、額に写真を押し付けた。
大好きだったおばあちゃんは、ぽたぽたと落ちる私の涙を受け止めても、もうどうしたのと聞いてはくれない。つーちゃんと呼ぶあの温かい声は、もうこの世界のどこにも存在しないのだ。
分かっている事だった。頭では何度も理解した。けれど心が、ついていかない。
「おいで」
まるで幼い子どもをあやすみたいに、彼が私を引き寄せた。