強引男子にご用心!

社員入口に立っていると、色んな人が通りすぎて行く。

「お疲れ様です。伊原さん」

葛西さんもそんな中の一人で、人差し指で眼鏡を上げると辺りを見回した。

「帰らないのですか?」

「待ち合わせです」

「ああ、なるほど。そうですか」

そう言って、私の隣に距離を置いて並ぶ。

「……葛西さん、帰らないんですか」

今、私に気づかなかったら帰ろうとしていたよね?

間違えなければ、一瞬通り過ぎようとして戻ってきたよね?

「ここに居れば、水瀬さんを捕まえられると気づきました」

「捕まえられる……」

葛西さん。
待ち合わせと待ち伏せでは、意味が大きく違います!
しかも、男の人がそれやると、女性としては怖いです!
水瀬なら呆れるか引くか、どちらかだろうと予測もできます!

葛西さんがいる事で、注目度がいっきに跳ね上がるし、どっか行って欲しい……

「何やってるんだ、お前ら」

磯村さんが近づいてきて、ほっとした。

「磯村さん」

「おー……俺より早くに待ってるとは思わなかった。で、葛西は何をしているんだ?」

「待ち伏せらしいです」

磯村さんは笑みを顔に貼り付けたまま葛西さんを見た。

「……葛西。ある意味でそれは犯罪だ」

「無言で水瀬さんの後ろを尾行するわけではありませんし、拉致をするわけでもありません」

「いや。もう勝手に待ってる段階でダメだろう」

私もそう思う。

「あれ。そんな所で何してるの?」

今度は山本さんが加わって、思わず一歩引いた。

「何って、俺と華子は待ち合わせ」

「僕は水瀬さんを、待ってます」

「……こういうのなんだっけ、リア充爆発しろって言うんだった? いいけどね~。こっちも飲み会だし~」

山本さんが呟いて、磯村さんが後ろに立っている人物に気がついた。

「そちらが噂の企画部の新人?」

「ああ。そうそう。綾瀬晃司くん。明後日からだけど、何かと営業部と総務部にお世話になるかもね」

山本さんの後ろにいたのは、今日、総務部に迷い込んだスーツの人。


綾瀬……こうじって言った?

綾瀬晃司……さん?


「こっちが秘書課の葛西で、そっちが営業部の磯村。で、総務部の伊原さん……は、どうして隠れてるの?」

磯村さんに振り返られ、目が合うと訝しげな顔をされた。

「華は人見知りだから。仕事中でも無いんだし、いいだろう?」

「ああ。そっか。そーだよねー」

何がそうなのか、解らないけれど、紹介は遠慮したい。

ますます磯村さんに隠れたら、何を思ったのか、そのまますっぽりコートにくるまれた。

「ちょ……っ」

「……知り合いか?」

小さく呟かれて、小さく頷く。

「た、たぶん」

「んじゃ。退散すっか」

くるりと反転させられ、背中を押されながら歩く。

「じゃ、紹介は今度ゆっくり。こっちはデートなんで」

磯村さんの余所行きの挨拶を聞きながら、社員入口を出ると手を捕まれた。


……この流れ、放っておいてはくれないよね。
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