素顔のマリィ


坂井真理、4月1日付けで美術手帳編集部一課勤務を命ず。


入社3年目にして、わたしは念願の美術手帳の編集に携われることになった。

これも要、常務の私的な人事権のお陰なのかな?


「美術手帳編集部付、おめでとう」


要は豪華ディナーをセッティングして、わたしの移動を祝ってくれた。

「乾杯!」

ホテルの最上階、某有名フレンチレストランの展望席で、二人向かい合ってグラスを傾けた。

眼下に広がる光の海は、気分を高揚させるには十分な演出だ。

「ねぇ、この移動って要のお陰なの?」

「そう思うの?」

「だって、入社3年目で念願が叶うとは正直思ってみなかったから」

「僕が思うに、この社の中で、君ほど美術手帳に精通してる者はいないんじゃない」

「それって、山下さんのお陰かな?」

「だろうね」

「でも、わたしは、まだまだ彼には及ばない」

「だろうね」

「知識も経験も、そして人間としての器も」

「知識はこれから増やせばいい。経験もこれから詰めばいい。

人間としての成長はその過程で養われるものなんじゃないかな。

マリィは自信を持って、前に進んで行けばいい。

何かあれば、僕がいる。

僕はいつでも君の味方でいたいと思ってるよ」

泡を放つグラスの向こうで、要が優しい瞳をわたしに向けていた。
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