素顔のマリィ

それから何度か大谷に抱かれた。

「まさか初めてとはな」

と、あの日大谷はそう言って笑った。


愛が無くても男は女を抱けるのだと、わたしは知った。

愛が無くても女は男に抱かれるのだと、わたしは知った。

抱かれる度に、熱くなる自分が情けなくて。

抱かれる度に、流加を思う自分が悲しくて。


セックスは愛を確かめ合う行為なのかもしれないけれど。

その相手が居ない場合、どうすればいいのか。

違う相手とセックスをすることで、愛を疑似体験する。

わたしの場合は正にそれだ。


もしかしたら、大谷も他の誰かを思ってわたしを抱いていたのかもしれない。

だって、彼とのセックスは、いつも突然で乱暴で、そしてとても熱かった。


バイトを始めて数ヵ月後、ラルクは突然店を閉めた。

「お兄ちゃんが言ってたよ。

バーの食事は添え物であるべきだって。

お酒が出なきゃ儲からないんだって。

大谷さん、料理に手間掛けすぎてたからね。

店初めて、なかなか売上げ伸びなくて、結構持ち出してたんじゃないかって」

かおりに聞いたところに寄れば、夜逃げに近かったらしい。


そうして、大谷翼とわたしの交わりは、彼の突然の失踪で幕を閉じ、わたしはまた愛の矛先を見失った。
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