砂糖漬け紳士の食べ方
普段なら、絵画の制作時期にそうそう部屋から出ないのに、こうして開店と同時に百貨店に来てみたのはそういう訳である。
いつもの灰色のコートを乱暴に羽織った自分でも、百貨店の店員は実に丁寧に接客をしてくれた。
「何か、お探しでございますか」
しかしここになって、新たな問題が勃発した。
勇んで百貨店に来てみたものの、果たして「何」を彼女へ返すか、まるで決めていなかったのだ。
いや、考えていなかった訳ではない。
デパートや何かでは、この時期『ホワイトデーコーナー』のような特別展を開いているはずで、そこに行けば考えなしの自分でも何か良いものが見つかるのだと、そう安易に考えていたのだ。
だが実際『ホワイトデーコーナー』に行ってみて、どうも自分の気に入るものは見つからなかった。
チョコレートやクッキー、ハンカチ…そんなものばかりしかない。
考えてみれば、こういう特別展で並ぶような商品は『義理チョコでのお返し用』…会社や友人や…そんな間柄には充分なものばかりであって、今の自分に沿うものは何もあるはずがないのだ。
「………んん…」
「…バレンタインデーのお返しですか?」
「ああ、いえ…違うんです、すみません」
結局、そのコーナーをしつこく3回回って、見かねた店員に声をかけられてからようやくそこを離れた。
百貨店に来て、買い物難民になるとは思わなかった。
エスカレーターで階を上っても、確かに百貨店全体が「ホワイトデー仕様」にはなっていたが、私があの子に何を贈るべきか分からなかった。
男が女へのプレゼントの類と言えば、
花束……
いや、駄目だ、あの子はそういうのは好まなそうだ。
バッグ……
貰ったのが手作りチョコであるから、きっとあの子は金額に恐縮してしまうだろう。
ハンカチ……
40の男のお返しがそんなチープなものじゃダメだろう。
3階へ着いた私を真っ先に迎えたのは、貴金属のチカチカした光だった。