砂糖漬け紳士の食べ方
『他の人みたいに美味しく出来たか自信はないんですが』。
嘘をつくのが下手なあの子は、そう言って私におずおずとチョコレートの箱を手渡した。
ありがとうと私が笑顔を見せた途端、それはそれは安心したような笑顔を綻ばせて。
中身は、彼女手作りの生チョコレートだった。
生チョコレートといえば、流行に無頓着な私ですら有名なブランドのものは口にしたことがあったが、彼女のそれも劣っていない口どけだったし
何よりこの年齢になれば、『わざわざ自分のために作ってくれた』という事実こそが一番のプレゼントに思えることを、若い彼女はまだ知らないのだろう。
くわえ、何だかすぐ食べてしまうのがもったいなくて、冷蔵庫に保管しつつ、ちまちまと食べている…なんてことも、彼女は知る由もない。
沸いたお湯でダージリンティーを作り、チョコの箱を持って再び作業室へ戻った。
人によっては、この油絵具独特の臭いがする中で飲食するなんて、と思うだろうが、絵を描く私にとっては極幸せなシーンになる。
渇いた喉にダージリンティーを湿らせて、彼女が作った生チョコレートを、一粒。
ゆるりと口の中いっぱいに溶けていくチョコレートは濃厚で、官能的ですらある。
もう一粒食べようと手を伸ばし、ふいに箱の中の空きスペースに気付く。
少なくともバレンタイン当日に12粒はあったチョコレートが、もう残り1粒になっていた。
「………」
40近いおじさんが、若い恋人の作ったチョコレートが無くなることに感傷を覚えるとは、思ってもいなかった。
果たして自分はどれだけ面倒な男なのだろうか。
もう一度紅茶を啜って、構わず最後の1粒を口に放り込む。
何だかもったいなくて、わざとじっくりと舌の上でとろけさせた。
情けない話だが、そうしてやっとこさチョコレートを食べ終わってから
もう3月14日が近いことに気がついた。
そう、ホワイトデーだ。
情緒に浸っていた体全体が、急に冷や水を被せられたように身震いした。