砂糖漬け紳士の食べ方

「………ぃよし!」


彼女の奮闘もあり、かくして文字起こしの作業は2時間ののち終了した。

イヤホンを外し、ちらと机上の時計を見る。
もはやクリスマスイブのクライマックス、午後11時近い。

中野はなんだかんだ言いながら、この一時間前には資料を仕上げ、ちゃっかり帰宅していった。


アキは仕上げたデータをとりあえずA4用紙に印刷出力し、編集長の卓上へと持参する。



「編集長。出来ました、チェックお願いします」

「ん?ああ、見せて」


編集長はコーヒーをひと啜りしながら、彼女の原稿を手にする。

しばらくの沈黙。のち、編集長は大きく二つほどうなづいた。



「はい、オッケー。このデータで入稿しておいて。それ終わったら帰っていいよ、悪かったね」

「分かりました、ありがとうございます」

「あ、桜井」


くるり、編集長へ背を向けたところで、再び声をかけられる。

編集長は卓上に山となった資料を乱暴にどかし、そこに一枚の紙を広げた。



「はい、俺からのクリスマスプレゼント」

「へ?…何ですか、これ」


アキはその一枚の用紙を手に取る。


『企画書』。

視線を紙表面に走らせた途端、ひゅっと息が詰まった。



「新年から、新しい企画出そうと思ってさ。
一人の画家に注目して、1枚の絵が出来上がっていく経緯を記事にするんだ」


編集長が、話を展開させる。

けれど彼女の視線は、企画書の一番上から下まで、何度も何度も往復する。




「それで、記念すべき一人目が決まった」



アキの目が、中央にでかでかと書かれた一人の名前に留まる。


「…わずか23歳で、日展特別賞受賞。
独特の画風と色遣いで「新進気鋭」と絶賛されるも、なぜかある時期にパタリと絵を描かなくなった画家」



編集長は再びコーヒーを汚らしく啜る。



「お前、画家の伊達圭介、好きだったよな?」


もはや、アキの手にある企画書はミチミチと音を立ててゆがみ始めていたが
けれどそんなのはお構いなしのままで、彼女は課長へ身を乗り出した。


「もう、好きっていうもんじゃないです、私、大ファンなんです!」


「いつも頑張り屋さんのお前にプレゼントで―す。
この伊達圭介の取材、お前がやってくれ」


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