砂糖漬け紳士の食べ方



深夜近い編集部に、一人歓声が湧きあがった。

アキの体は、もはやほとんど課長の卓上に乗っかっているほど。




「本当ですか!本当に?!」

「嘘ついたことないでしょーよ、俺」

「やったー!ありがとうございます!編集長!」


まるで子供が喜ぶように顔を綻ばせるアキに
編集長はうんうんとそれらしくうなづいた後、とんでもない爆弾を投下した。






「問題は、取材を受けてもらえるかどうかってところなんだがな」




ぼそり。

けれど確実にこの一言がアキの狂喜乱舞を止めた。






取材を

受けてもらえるか、否か?




「…ちょっと待って下さい、編集長。何ですか、その『取材を受けてもらえるかどうか』って」

「お前、今まで伊達圭介のインタビュー記事、読んだことあるか?」

「え?インタビュー記事…」


編集長のその言葉に、アキはふと自分の家の本棚を思い起こす。

仕事関係の本、自分の好きな美術書、その中にもちろん「伊達圭介」の画集もあるのだが…
確かに編集長の言うとおり、インタビュー記事なるものは見たことが無かった。



「な?無いだろ?」

「…そう言われればそうですけど」



伊達のインタビュー記事が今までに一枚も表に出ていないことは確かに奇妙だった。



『日展で特選が取れなかったのは、若さのせい』。


一時はそこまで賞賛を受けていた画家だ。


編集の目から見ても、これから伸びるであろう人物に食指を伸ばさないはずがない。
密着取材!や独占インタビュー!なんて見出しだけでも、部数増加は見込めるだろう。



「…どういうことでしょう」


アキの返しに、編集長はそれらしく頬杖をついて首を傾けた。薄っぺらい笑顔のままで。


「他の出版社の噂では、面接があるらしい」

「面接?」

「ああ。伊達圭介自身による面接だよ。彼の意に沿えられたら取材OKってことだ」


自分がずっとファンだった画家への取材。ただ、それは上手く面接を切り抜けられたら、の話。

今までの浮ついた気持ちが、今度は思い切り彼女の唇を引きつらせた。



彼への取材許可が面接合格であるならば

今までインタビュー記事が世に出ていないのは「そういう」ことだ。



「ど、どんな面接なんですか…」

「んー。噂では、伊達圭介の絵の感想を聞くらしいね」

「感想?それだけなのに、今まで誰も伊達さんをインタビュー出来なかった、ってことですか?」

「そうなるね」


アキのしゃがれた視線が、再び企画書に落ちる。
そしてそのまま、編集長のデスクへと戻った。

編集長の目が、アキと企画書を往復する。



「あれ?お前、ファンって言ったじゃないの」

「…ファンですけど、その難解な面接に合格できる自信がまるでありません」

「残念ですが、断れませーん」

もう年末に取材予約入れちゃいました、と編集長の声が無慈悲にも響いた。


「だって先生が年末でもいいって言うんだよねー」

「……」

「そう睨まないでよ。一緒に同行するからさ」

「…でも面接されるのは私ですよね」

「うん」


アキのひきつった唇は、もはや笑顔にはなりえない中途なものだった。



「考えてみろー、桜井。

今までどの出版社も扱えていない、ベールに包まれた伊達圭介の密着取材。

うまくいけば、彼の制作秘話なんかも拾えるかもしれんよ?
それが『月刊キャンバニスト』の独占で。


どう?やりがいは十分にあるでしょ?」





無言のままの彼女に、編集長は「それ」らしく、アキのプライドをくすぐる作戦に出たらしい。



「……でもそれって、私が面接合格したら、ですよね?」

「うん」



無理やり手に戻された企画書は、果たして本当に彼女へのクリスマスプレゼントになりうるのか否か。

目の前の編集長は、アキの固まったままの表情をまるで無視し、にっこりと笑顔を作ってみせた。






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