砂糖漬け紳士の食べ方


「失礼致します、それではお料理を始めさせていただきますね」


5人が揃ったタイミングを見計らったように、割烹の仲居が料理を手際良く並べていく。



確かに編集長が豪語していたとおり、今まで食べたことのないくらい上品な…。

アキは椀物のつみれを箸で弄りながら、伊達と綾子の談笑を耳にしていた。



「先生って、おいくつですか?」

「…38」

「えっ、うそー!お若いですねぇ!」

「そうかい」


日本酒の燗は、綾子をほどよく『接待モード』にシフトチェンジしてくれているらしい。

伊達の飲むスピードに合わせて酌をする手際の良さは、さすがだった。



しかし一体、どういうことだろう。

自分で「人とあまり関わりたくない」「女性には困っていない」と言ったくせに

今、隣の女の子へは無愛想ではない。


編集長と面接に行った時と同じように、紳士的だ。



「私ら『キャンバニスト』の面々もですね、ずっと伊達先生には取材したく思っていたんです。
これがやっと叶いまして、悲願とでも申しますか、いや本当に光栄です」


対する編集長も、終始ご機嫌である。


そうだろう。自分の計画どおりに事は運んでいて、当初思っていたよりも伊達の人当たりが柔らかいのだから。

3本目のお燗を手にし、更に綾子も続ける。



「私も、伊達先生がこんなに素敵な方だとは思いませんでした。
ほら、先生って、雑誌に顔を出されないので…」

「いろんな噂があるらしいね?私が実はゴースト画家で本当は存在しないとか」

「やっだー、あははは」


きゃっきゃと笑いあう声に、彼女は静かに腹が立った。


苛立ちの矛先は、綾子であって綾子にではない。

彼女にコンパニオン的な接待をされつつ、淡い笑顔を浮かべている伊達にだ。




「……桜井、不細工になってんぞ」

隣の中野にそれとなくコソリと諭され、アキは慌てて笑顔を張り付ける。


「先生、どうぞ」

そして酌をそれとなく彼へ促すと、伊達はお猪口を微かに傾けてそれを受けた。


「ああ、悪いね」


温かい日本酒を猪口いっぱいに注ぐ。

静かに波が広がる猪口からは、上等な日本酒の証である甘い匂いが立ち上る。


大分飲んでいるはずだが、伊達の表面上にその酔いが傍目から見えることはなかった。酒に強いのだろう。



しかし時間が経つにつれ、会話の内容は精神的なガードが弱くなっているそれだった。



「伊達先生は、独身でいらっしゃるとお伺いしたんですがー」


自分の思っていた以上に、伊達が「そこそこの見た目」の画家であることに綾子はご機嫌だった。
それとなく、プライベートな会話へとなだれ込む。



「ああ、まあね」伊達は日本酒を煽りながら言った。


「彼女さんはいらっしゃるんですか?」

「いないよ」


あっさりとした返答に、綾子がそれらしく驚きの声をあげた。


「ええっ、うそー。こんなに素敵でいらっしゃるのに」

「こんな面倒な男、好きになる人なんかいないだろう。はは」



そうですね、確かに面倒ですよね。


取材をしようとするマスコミに面接をして、合格をしなければ取材させてくれないし

本当はあまり人と関わりたくないくせに、今夜みたいな日には平然と紳士ぶるし

甘いものに簡単に釣られちゃってるし

優しいのか、それとも年下への中途半端な同情からなのか、編集者の体調も心配してくれるし…。




「…桜井、顔。しかめっ面だっつーの」


中野が再び、アキのわき腹を膝で突く。






『接待』は、きっかり午後10時半まで続いた。


最後に、皇室献上品である抹茶を使用したムースはとても美味しかった。

口どけなんて素晴らしく良かったのに
アキの口には、抹茶の苦さばかりが残っていたのだった。

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