砂糖漬け紳士の食べ方

夜の銀座は、昼と同じようなざわめきで満たされていた。ネオンの発光が目に刺さる。

結局、仕事の打ち合わせなど何一つ話に上がらないまま、接待は終わってしまった。



「先生、このあともう一軒いかがです。すごくいいバーを見つけたんですよ」


割烹料亭の前。
店のライトに紛れながら、編集長はそう言って手揉みをしていた。


伊達は「いえ、今日はもう」と言いながらも、重ねた日本酒のお猪口のお陰か薄く笑っている。

編集長の作戦どおりだ。



「そう言わずに…」


さて、ここまで来れば、あとは編集長と中野が二次会のお伴をする流れのみだ。

綾子とアキはこれでお役御免である。


伊達の背を、来た方向とは別の方へ押しやりながら、編集長はアキをチラと見た。

ここでこっそりと席を外せ、という視線だ。



「さ、さ。行きましょう先生」

「ですが」


先ほどと似たようなやり取りを交わしながら、三人は割烹料亭から離れていく。



…ようやく会話が聞こえなくなるだろう距離まで離れた時、アキは綾子に言った。




「お疲れ様。じゃ、私達は帰ろうか」


振り返ったアキは、綾子の目が妙に潤んでいることに気付く。


それは酒のせいではなく

「先輩!伊達先生、めっちゃかっこいいじゃないですか!」…という、明らかに伊達圭介を目にした感想ゆえだった。


彼女の浮きだった声に、アキは「あー」と曖昧な音を口から漏らす。



「そ、そうかな」


渇いた喉が、張り付いた。


「そうですよ!そりゃあ俳優ほどイケメンって訳じゃないですけど、
あの穏やかな態度!紳士的な会話!トータル点、私の中でトップ3ですよ!」

「でもベスト1位は自分の彼氏さんでしょ」

「ええ、それはもう」

途端にとろけた綾子の表情に、綾子の惚れっぽさはアイドルに対するそれと同じだと知った。



「でもいいなあ、先輩。あんな素敵な人と二人っきり…」


道行くざわめきは、二人の会話を夜の街へと投げ出していく。


「…でも今夜は、相当機嫌が良かったよ。綾子の話が上手だったからじゃないかな」


アキは適当に薄く笑った。「今夜は機嫌が良かった」の部分だけが、彼女の本心である。




「えへ、そうですかね。ありがとうございます」


なんだかんだ言いつつ、綾子も相当な量の日本酒をご相伴したらしい。

頬が真っ赤なのはもちろんのこと、微かに華奢な足元がふらついているのが分かった。


これは綾子のアパートまで送り届けた方がいいかな、と彼女はぼんやりと思う。

酒の量がセーブ出来る上にアルコールにも強いアキは、たいていどの飲み会でも「酔った女子の送り役」だった。



「えーと…タクシーの方が楽だね」

「先輩ずるいー、あんなイケメン画家に取材なんてぇ」

「はいはい、絡まないの」


さて、タクシーを拾うとなると、大通りに出るか、それか駅前まで行くしかないだろう。



えーと、銀座から綾子のアパートまで…そのあとは私のアパートまで、か。

道順はどう行った方が近いかと算段する。



じゃあ送っていくから、行こうか。

いうならそれは、紳士的な男性よろしく頼もしいセリフだったが
言おうとしたアキの唇はとっさに閉じられた。




ちょっと目を離した隙に、綾子が見知らぬ男性から声をかけられていたのだ。

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