砂糖漬け紳士の食べ方
綾子に対し、黒いスーツを着込んだ若い男が二人、言っている。

おそらく、キャバクラか何かのキャッチなのだろう。



「お姉ちゃん。俺ら二人で飲む予定なんだけど、寂しいのよ。一緒に来てくれない?」



それはいかにもナンパのセリフだった。

しかしアキは「うわ、面倒だな」と咄嗟に眉をしかめる。
アキの目に見ても、若い男二人は顔が赤かったのだ。


ナンパだけだったらまだしも、そこに悪酔いが加わると、回避するのは非常に面倒なことになる。


綾子が眉をしかめた。



「えー、いいです。大丈夫ですー」

「そんなこと言わないでよぉ。君可愛いから、何でも奢っちゃうよ。何食べたい?」


男の一人が、苛立つほど軽い調子で綾子の言葉尻を取る。

その横にいたもう一人が綾子の腕を掴もうとしたので、咄嗟にアキが綾子の腰を自分の方へ引き寄せた。




「結構です。…ほら、帰るよ綾子」


つっけんどんな女が自分たちの前へ突然割り入ったことに、男二人は大きく舌打ちを響かせた。



「なんだよお前、邪魔すんなって。俺達はこっちの可愛い子に用があんの」


アキはため息を殺す。

だから面倒なんだ、悪酔いした奴って。



綾子は、このやり取りに少し頭が冷えたらしい。アキの後ろへ少し身を隠す。



「…いいから帰るよ。行こう」


そう言って、綾子を駅方面へ歩かせようとした時だった。


男が綾子の前に立ちふさがり、無理やりにその細い腕を掴んだのだ。




「ちょっと!」綾子が痛がって声を上げた。



「帰るのはお前だけだよ、ブス。こっちの子は、俺達と飲みにいこーね」



この一言で、元々苛立っていたアキはあっさりと感情を剥き出しにした。


男らが本当に綾子を連れていく気なのかは分からなかったが、
アキは綾子が掴まれている腕を離させることに躍起になったのだ。




「離しなさいよ!」


半分叫んで、彼女は慌てて綾子の体を自分の方へ引っ張る。


けれどそこはやはり男女差で、綾子は双方に引かれることに痛がる声をあげた。




そしてようやくここまで来て、通行人がこの騒動に目をやるようになった。

しかしそれはあくまで「通行人」であって、誰か第三者が「アキ達を助けよう」とはしなかった。


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