砂糖漬け紳士の食べ方

「伊達さん」


アキの声に、うなだれていた伊達が顔をあげた。



「私は画家でないし、あなたでもない。

だからあなたの気持ちが分かります、なんて簡単に言えません。

…でも」


マグを握る手に、力が入る。



「でも、悲しい時、一緒にいることは出来ますから」




二人の視線が、ゆらりと絡む。

伊達はふと、長い息を吐いた。



「…君ね、お人よしなのは程々にしなさい。でないと、昨日みたいな男らに絡まれるよ」

「大丈夫です!ああいう人は、綾子みたいな可愛い子しか声かけませんし!」

「……………」



伊達は無言で彼女を見上げる。




「じゃあ、何でこの私が、君を面接で合格させたか分かる?」

「えっ、からかい甲斐があるからですよね」



その言葉に、彼は「ばかだね」と言いつつ、より一層大きなため息をついてみせた。




「今まで私のところに取材を申し込んできた人らは、それこそ評論雑誌が描くような理想的な感想を用意してきた。

やれ色遣いがいいだの、モチーフがいいだの、と…」


彼は肩をすくめる。



「だから山本さんから話があった時も、適当に断ろうと思ってた。
どうせ今回も上っ面しか見ていない奴だろう、と」



聞きいるアキに、伊達は薄く笑う。

情を含めて。



「…私の絵を『好きだ』と言ったのは、君だけだったんだ」


自分の絵を好きだと言ってくれる人がいるなんて、考えたことがなかった。伊達はそう続けた。



「本当に好きなものに対して、それらしい感想なんて出やしない。

本能的に好きだと思うから、好きなんだ」




「そしてね。君、自分では気づいてないようだけど、

私にそう話した時、君は本当に良い笑顔をしていたんだよ」





伊達が、薄く笑う。

くしゃくしゃな前髪が揺れる。


すう、とすがめられる目に、アキはとらわれる。




「…そ、そうですかね」


彼女は慌てて視線を伊達から外した。

それには照れが混じっていたからだと気付かない伊達は、説教じみたことを口にする。




「君ねえ、褒められた時は素直に喜ぶべきだよ」



は、はい、そうですね、とアキは音になる前の言葉しか出せなかった。


妙な沈黙が二人を包む。
< 54 / 121 >

この作品をシェア

pagetop