砂糖漬け紳士の食べ方
リビングのソファに座るなり、伊達はおもむろに口を開いた。
「君が以前見た贋作……実はあれ、受賞前から私を支援してくれていた画廊で作成したものなんだ」と。
「受賞をキッカケに、その画廊は預かっていた私の絵と、そして作成した大量の贋作を競売にかけた。
まあ、いい金額になると思ったんだろう…私の許可は全くなしに」
伊達はそう続けた。
「…文章を書くにしろ、絵を描くにしろ、『0から1を産むこと』だと思われているが、それは違う。
モノを生み出すことは、『100を1にすること』だ。
今まで、自分が感動した音楽。小説。絵。言葉。
心を潰されるほどに悲しかったこと。
楽しかったこと。悔しかったこと。
その全てを『1』にし、自分の考えや理性をほんの少し加えて、有形物にしていくことこそが『物を作ること』だ」
彼の声は、妙にハッキリとした縁取りに包まれていた。
「だからロボットに絵は描けない。
もし描けたとして、果たしてその絵に心を強く奪われる人はいるだろうか?」
ふわり。
月に、雲がたなびく。
リビングに差し込んでいた明かりが、途絶える。
それでも彼女がリビングの明かりをつけようと思わなかったのは
彼の吐露が、ひどく細く力なく、電気をつけてしまえば、たちまち消え去ってしまいそうに思えたからだ。
「画廊には訴えたんですか?」
アキの反論に、伊達は自嘲を含んだ笑いをもらした。
「もちろん訴えたよ。
だが画廊の主人は『今まで支援してきた分を取り戻しているだけだ』と取り合わなかった。
気付いた頃はもう遅く、絵のほとんどは売却されていた。
精魂込めて描き上げた自分の絵が、勝手に万札に変えられている…。
それは、鈍いナイフで自分の腕の肉を切られている感覚に近かった」
「そして贋作すら高値で取引されたことを知り、愕然とした。
自分ではない、自分の形をしたナニカが、見も知らぬ人のところへ私のお面を被って、挨拶をして回っている…
しかも、多額の現金がつきまとったままで」
ここでようやく、伊達は長い長いため息を吐き出した。
心の奥へずっと淀んでいたナニかを零したように。
まるで両手の無い絵描きのようだ、と自嘲して。
アキは、伊達の告白に言葉を紡げなかった。
今自分が持てうる励ましの言葉、その全てを使っても、きっと伊達には何一つ届かないだろう。
そう考えると、妙に悔しくて
しかし、この席を立とうとは一つも思えなかった。
ようやく分かった。
彼は、自分の贋作がもう作られないようにと、あんな風にタッチを次々と変えていたのか。
信じていた人に裏切られたから、筆を折ってしまったのか。
だから今でも、自分の贋作を集め、処分しているのか。
何て繊細で、臆病で、弱い人なんだろう。
アキは思った。
そして同時に、言いようのない情愛がふわり沸き上がる。
それはもはや恋人に向けるものではなく、母性に近いものだった。